コラム

日本人の神秘的な微笑とは何なのか?

2014年06月27日(金)11時01分

 英語圏でよく言われるのですが、日本人はよく「神秘的(ミステリアス)な微笑」をするというのです。この「神秘的な微笑」ですが、別に日本人はいつも神秘的な雰囲気を漂わせているというわけではありません。

 この「神秘的な微笑」とは何なのでしょう? イザと言うときに「神秘的な微笑」を見せて困難な状況を受け止めて周囲を和ませるとか、ストレスの高い局面において強い忍耐を見せて感心されるということなのでしょうか? どうもそうではないのです。

 実は、この「神秘的な微笑」というのは決して評判の良いものではありません。というのは、この微笑というのは、コミュニケーションが破綻した際に出現するものだからです。

 例えば、英語が分からなくなって、会話が破綻したような場合です。本来であれば、話している相手に聞き返すとか、その場にいる英語力の高い人に確認する、あるいは頑張って自分で他の言い方に言い換えて誤解がないか確認するという場面で、ひたすらに黙りこみつつ微笑するのです。

 英語圏の人間からすると、この微笑というのは理解しづらいのです。会話が破綻し、重要な内容が明らかに伝わっていないというのは危機的な状況です。内容に集中し、あらゆる手段を講じて誤解を解くなり、正確な理解へ行くといった真剣な努力をすべき局面のはずです。

 ところが、相手は何もせずに「神秘の微笑み」を浮かべているわけで、これは正に宇宙からやってきたエイリアンとの「接近遭遇」のような経験になってしまうわけです。

 どうして、日本人はこうした場合に微笑んでしまうのでしょう? 理由は単純です。相手にとって会話の破綻というのは、意思疎通の危機、つまり情報流通という事務的な、しかし重要な問題において目的が達成されない危機であるわけです。ところが、日本人にとってはそうではありません。そんなビジネスライクな問題よりも、「関係性の危機」つまり「会話の前提となる良好な関係」が危機に瀕しているという理解になるのです。

 そこで、必死に誤解を解くとか、言い換えをして理解を確認するといった事務的な行動の前に「破綻しつつある関係性を修復したい」という無意識な、しかし強い動機が発生します。それが意味不明の微笑となって出現するわけです。

 この「神秘的な微笑み」というのは、英語が分からない場合だけでなく、英語は通じているが、肝心の商談がほとんど物別れになりそうな場合にも起きます。商談ということでは、もうディールは成立せず、決裂ということで仕方のない局面であるにも関わらず、意味不明の微笑が来ると、場合によっては「バカにしているのか?」とか「最初から買いたくなかったのか?」といった不快感を与えることもあります。

 ですが、日本人の方は真剣なのです。商談は物別れかもしれないが、関係性というのは平和的に修復して終わりたいという、何ともお人好しな品性が出てしまい、意味不明な微笑をしてしまうわけです。

 ところで、東京都議会議場での「セクハラ野次」事件では、暴言のターゲットになった女性議員が、攻撃に対して微笑みを浮かべたということが問題になっています。

 笑うべきではなく、そこでは即座に告発モードになって反撃すべきであったというような意見もあれば、攻撃された女性議員が笑ったので、自分もそのことに対して微笑した(本当かは分かりませんが)という舛添都知事のような反応もあります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米国務長官、ASEAN地域の重要性強調 関税攻勢の

ワールド

英仏、核抑止力で「歴史的」連携 首脳が合意

ビジネス

米エヌビディア時価総額、終値ベースで4兆ドル突破

ビジネス

FRBが大手銀行の評定方式改定案、「良好な経営」評
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:大森元貴「言葉の力」
特集:大森元貴「言葉の力」
2025年7月15日号(7/ 8発売)

時代を映すアーティスト・大森元貴の「言葉の力」の源泉にロングインタビューで迫る

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 2
    トランプ関税と財政の無茶ぶりに投資家もうんざり、「強いドルは終わった」
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 5
    名古屋が中国からのフェンタニル密輸の中継拠点に?…
  • 6
    アメリカの保守派はどうして温暖化理論を信じないの…
  • 7
    犯罪者に狙われる家の「共通点」とは? 広域強盗事…
  • 8
    アメリカを「好きな国・嫌いな国」ランキング...日本…
  • 9
    【クイズ】日本から密輸?...鎮痛剤「フェンタニル」…
  • 10
    昼寝中のはずが...モニターが映し出した赤ちゃんの「…
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    「弟ができた!」ゴールデンレトリバーの初対面に、ネットが感動の渦
  • 3
    日本企業の「夢の電池」技術を中国スパイが流出...APB「乗っ取り」騒動、日本に欠けていたものは?
  • 4
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 5
    シャーロット王女の「ロイヤル・ボス」ぶりが話題に..…
  • 6
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 7
    「本物の強さは、股関節と脚に宿る」...伝説の「元囚…
  • 8
    「飛行機内が臭い...」 原因はまさかの「座席の下」…
  • 9
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 10
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事故...「緊迫の救護シーン」を警官が記録
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 8
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 9
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 10
    「うちの赤ちゃんは一人じゃない」母親がカメラ越し…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story