コラム

愛国心教育で自己肯定感は向上するのか?

2014年04月08日(火)13時02分

 一連の保守的な教育論議の中で、次のような仮説が語られているのは知っていました。「現在の子供たちには自己肯定感とか自尊感情が欠けている、その背景には自分の国が悪い国だというような『自虐史観』がある、従って、子供の自尊感情向上のためには愛国心教育が必要である」というストーリーです。

 例えば、先日私の出演した「朝まで生テレビ」という番組でも、いわゆる保守派の論客からはそのような発言が何度もありました。

 これに対して、私はアメリカの様子を例に取って「それは少し違うのではないか」ということを申し上げました。

 つまり「アメリカにもベトナム反戦とか、学生運動など国家に批判的な活動があったが、むしろそうした国を批判するような人々の方が、一般的に自己肯定感というのは高いのであって、逆に9・11以降の草の根保守のように、自己肯定感の弱い人々のほうが精神的に国家に依存する傾向がある」というストーリーです。

 私は、そうした仮説は日本にも当てはまるように思います。ただ日本の場合は、アメリカの2000年代に見られた「草の根保守」のような、病んだ「国家への依存」というのは起きてはいません。

 2000年代のアメリカで起きたのは大変なことでした。9・11で被災したNYとは全く無関係の中西部で「アメリカ本土が攻撃された。これは大変だ」と、いきなりアフガニスタンを攻撃するための軍に志願する、しかも本人としては、自分が「グローバリズムの負け組」で「国家」に依存しているのだという自覚はゼロで、本当にイスラムに対して怒り、本当に愛国に燃えていると思っていたわけです。

 そのような無自覚の「国家への依存」を抱えた兵士たちは、自爆テロ攻撃への恐怖などから、帰還後も重度なPTSDに悩まされているわけで、今回、テキサス州のフォート・フッド陸軍基地で発生した乱射事件は、おそらくはそのような人物の犯行であると思われます。

 現在の日本ではそのような悲惨な精神のドラマというのは起きてはいません。では、アメリカのように病的なものでなければ、愛国心教育というのは自己肯定感の向上に役立つのでしょうか?

 私は違うと思います。自己肯定感の発露というのは、やはり「既存のもの」「大きなもの」への依存という形よりも、「既成のもの」「動かしがたいもの」への疑問であるとか、反発という形を取るからです。現状に不満があるとか、問題点を指摘したいとか、ルールを変更したい、という衝動というか発想法の中で「自分が世界を変えてみせる」という感情が自然に起きる中で、自己肯定感というのは出て来るように思います。

 また、そうした変革への意志だけでなく、「自分は持てる側」であるから「持たざる側」への同情と再分配に熱心になるとか、「自分の属している集団には倫理的な問題がある」ので「自分がその集団を代表して謝罪することで倫理的に優越な立場を回復したい」などという衝動も、自己肯定感の発露として自然であるわけです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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