最新記事
シリーズ日本再発見

マイケル・サンデル教授に欠けていた、「ヤンキーの虎」の精神

2023年04月24日(月)08時07分
谷口功一(東京都立大学教授)

笹原さん[編集部注:いわき市の実業家]の話を聴きながら私がアタマに思い浮かべていたのは、藤野英人の『ヤンキーの虎――新・ジモト経済の支配者たち』(東洋経済新報社、2016年)という本である。

このなかでは決してサンデルが描くような高学歴層ではないが、地方に根を張ったビジネスをリスクをとりながら多角的に展開し成功している経営者たちを「ヤンキーの虎」と呼んで描き出し、彼らのようなリスクテイカーこそが地方経済を建て直す大きな可能性を秘めていると論じているのである。

実際、彼らは事業拡大のために積極的に金融機関からの借入を行なって儲けを出し、地域の自治体に多くの税金を納めている。

サンデルは「地の塩」として働く、ゴミ清掃員をはじめ、とくにコロナ禍のもとでの「スーパーマーケットの店員、配送員、在宅医療供給業者、その他の必要不可欠だが給料は高くない労働者」がいかに重要かを認識すべきだと、あたかも「労働英雄」を称賛するかのような檄を飛ばすが、そこには高学歴で成功した人びと「以外の労働」に関するいささか貧弱な世界観が露呈しており、先述の「ヤンキーの虎」のような活力に満ちた存在への視点が欠落しているのではないかと思ってしまうのである。

じつは、サンデルの本を読んだ私のゼミではZoomを使っている利点を活かし、社会人となった卒業生も参加していた。

自らの力で起業し広く活躍している卒業生からは「道徳的な教訓としてはお説ごもっともなんですけど、具体的にどうすればイイのかは謎ですよね」という手厳しい感想ももらっていたのだが、その点に関しじつは、サンデルは他の著作のなかで曖昧ながらも彼なりの「答え」を記している。

サンデルの主著の一つである『民主政の不満――公共哲学を求めるアメリカ(下)』(勁草書房、2011年)という本の最終章では、先述の市民的な公共善を実現するために必須の経済的基盤として「独立自営業者的経済人」による「コミュニティの再生」が急務であると論じているのである。

公共心をもった独立自営業者こそが地域住民と協同・連帯し、地域コミュニティを活性化させるのだ、と。

ただ、ここでの自営業者のイメージは「公共」に引きつけたかたちでの姿が強調されすぎていて、創意工夫して純粋に金儲けの算段をする「商業人」としてのアニマル・スピリット(儲けたるぜ! という気魄)のようなものが等閑視されているように思われてならないのである。

要するに、端的に金儲けをして自分の家族や地元の仲間たちを潤し、結果的にまわりまわって地域に貢献するので何が悪いのか、ということなのである。



 『日本の水商売 法哲学者、夜の街を歩く
  谷口功一[著]
  PHP研究所(刊)


(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)


【関連記事】
地方都市のスナックから「日本文明論」が生まれる理由
郊外の多文化主義(1)「同胞」とは誰か
モスク幻像、あるいは世界史的想像力 郊外の多文化主義(補遺)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中