コラム

ISがモクスクワテロの犯行声明を出してもプーチンが「ウクライナ犯行説」にこだわる3つの理由

2024年03月26日(火)20時10分

②国際的なイメージ戦略

第二に、プーチン政権は外交的にも、「ロシアが国外のイスラーム過激派から狙われた」ことを否定しなければならない立場にある。

これまでロシアは国内のチェチェンなどでイスラーム過激派を苛烈な攻撃で鎮圧してきたが、これはイスラーム世界全体からするとマイナーな問題であり続けた。

むしろ、アルカイダやISなど国際的なイスラーム過激派組織の主な標的はアメリカをはじめ欧米各国だった。

その背景には、パレスチナ問題でアメリカが一貫してイスラエルを支援してきたことに加えて、湾岸戦争(1991年)やイラク侵攻(2003年)などがイスラーム世界全体で反米感情を醸成してきたことがある。

また、近年では「表現の自由」との関連でフランスがとりわけ反感の対象にもなりやすく、それに比例してテロも頻発している。

つまり、イスラーム過激派はもともとイスラーム世界に広がっていた反欧米感情を勢力拡大に利用してきたわけで、イスラーム過激派が登場して初めて反欧米感情が生まれたわけではない。

だからこそ、イスラーム過激派がアメリカやその同盟国を標的にテロ攻撃をすることは、欧米と対立するロシアにとって、「中東における欧米の不当な行い」を非難する理由づけにもなってきた。

ところが、モスクワのコンサートホールを襲撃したIS-Kはアメリカよりむしろロシアを敵視する。

IS-Kはチェチェンや中央アジアなど、もともとロシアに批判的なムスリムが多い地域に勢力を広げるため、「ロシアこそイスラーム弾圧の中心」といったメッセージを頻繁に発信してきた。

IS-Kは今回の事件で一躍世界にその名を轟かせたが、その結果IS-Kの反ロシア的メッセージも広く知られることになった。

ところで現在のロシアは欧米との対抗上、グローバルサウスへのアプローチを強化しているが、そのなかには中東などムスリムの多い地域も含まれる。

この状況で「国外のイスラーム過激派から標的にされている」ことは、「イスラーム世界に反ロシア感情が広がっている」という認知にもなる。それが進めばグローバル・サウスで「ロシアもアメリカと同じ」という論調が支配的になりかねず、国際的な足場を固めたいロシア政府にとっては外交的な損失になる。

だとすれば、「真犯人は他にいる」というストーリーが必要で、そこで最も適当なのがウクライナということになる。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=下落、ダウ249ドル安 トランプ関税

ワールド

トランプ氏、シカゴへの州兵派遣「権限ある」 知事は

ビジネス

NY外為市場=円と英ポンドに売り、財政懸念背景

ワールド

米軍、カリブ海でベネズエラ船を攻撃 違法薬物積載=
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 2
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 3
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 4
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 5
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 6
    トレーニング継続率は7倍に...運動を「サボりたい」…
  • 7
    トランプ関税2審も違法判断、 「自爆災害」とクルー…
  • 8
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 9
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 10
    世界でも珍しい「日本の水泳授業」、消滅の危機にあ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 7
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 8
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 9
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 10
    上から下まで何も隠さず、全身「横から丸見え」...シ…
  • 1
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 2
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 3
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大ベビー」の姿にSNS震撼「ほぼ幼児では?」
  • 4
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 5
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 6
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 7
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 8
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 9
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 10
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story