コラム

あきれるほど殴る蹴る ちぐはぐで奇天烈、でも刺激的な映画『けんかえれじい』

2022年08月04日(木)13時30分
『けんかえれじい』

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN

<二転三転するアイロニーは新藤兼人の脚本と監督・鈴木清順の美学の衝突か>

大学の映研で8ミリ映画を撮っていた頃、観ておいたほうがいい映画の筆頭として、『けんかえれじい』はよく耳にした。

ただしこの時期、僕にはこの映画の面白さは分からなかった。荒唐無稽すぎると思ったような気がする。

主人公の南部麒六(きろく)は、クリスチャンの道子に恋い焦がれる岡山の旧制中学の生徒。一本気な性格でけんかに巻き込まれることが多く、やがて学校を制圧する。つまり番長だ。軍事教練の時間に教官と衝突したことで転校を余儀なくされ、麒六は親戚が暮らす会津若松の家に転がり込む。

しかし転校初日から柔道部の猛者やクラスのワルたちとのけんかが始まり、ここでも番長格となった麒六は、地元のバンカラ集団である昭和白虎隊と死闘を繰り広げる。

......取りあえずストーリーの中盤までを書いたが、ここに意味はほとんどない。そもそも鈴木清順監督は、ストーリーに興味を示さない。

改めて観たが、けんかシーンの荒唐無稽さについては衝撃を通り越してあきれる。中学生たちは手に竹やりや鍬(くわ)や鋤(すき)を持ち、秘密兵器のメリケンたわし(大きなくぎを仕込んだたわし)にひもを付けて振り回す。顔や頭に当たったら死ぬ。けんかのレベルじゃない。

さらに、けんかの理由もよく分からない。殴り合う学生たちにも分からないはずだ。とにかく殴る。蹴る。井戸や肥だめに落とす。落とされる。容赦ない。

公開は1966年。つまり世界的にスチューデントパワー(学生運動)が激化し、アメリカン・ニューシネマの時代が始まり、ブラック・パンサーやウーマンリブ運動が産声を上げ、中国では若い紅衛兵たちが造反有理を叫ぶ文革の時代が始まり、日本では安保闘争が激化した時代だ。

つまり世界的に、反体制・反権力を達成するための暴力(文革が反権力かどうかは措[お]く)を肯定する空気が広がり始めた時代ともいえる。ならば脚本を書いた新藤兼人の狙いは明らかだ。

ただし新藤は公開後、「あれは僕の本じゃない」と怒ったという。理由は清順が脚本には書かれていないエピソードを映画に盛り込んだから。

1936年2月26日、陸軍皇道派の青年将校たちが首相官邸や警視庁、内務大臣官邸などを襲撃して政府要人4人と警官5人を殺害し、陸軍省や東京朝日新聞社などを占拠した。2・26事件だ。青年将校たちの理論的支柱として処刑された社会主義者北一輝と麒六との(脚本には書かれていない)出会いを、清順は映画に盛り込んだ。やがて2・26事件が起きたことを知った麒六は、まなじりを決して東京に向かう。

プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=下落、S&P・ナスダック3週ぶり安値

ビジネス

NY外為市場=ポンド下落、英中銀の利下げを確実視

ワールド

米国防権限法案、上院で可決 過去最大の9010億ド

ワールド

米財務長官、FRB議長候補ハセット氏への懸念を「ば
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】「日の丸造船」復権へ...国策で関連銘柄が軒…
  • 9
    9歳の娘が「一晩で別人に」...母娘が送った「地獄の…
  • 10
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 4
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 5
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 6
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 7
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 8
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 9
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 10
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story