コラム

「生き残った以上は、後悔する生き方はしたくない」──宮島達男のアーティスト人生

2022年12月09日(金)10時45分

当初、父親の工務店を継ぐべく、早稲田大学理工学部で学び、一級建築士の資格をとろうと考えていた宮島だが、高校2年生の春休みに、青木繁やパリで縛られることなく自由に生きた佐伯祐三といった画家たちに憧れるようになり、青木繁が学んだ東京美術学校(現・東京藝術大学)に行きたいと思い始める。

突然進路を変え、美術の予備校に通い始めた宮島だが、当然現実はそれほど簡単ではなく、東京藝術大学を受験するも不合格。そして、浪人時代に通った予備校で、アメリカの抽象表現主義の動向を知り、現代アートの洗礼を受けることとなるのだ。そこから、「まるで、熱に浮かされたように」、神田の古書店街で昔の『美術手帖』をあさったり、ジャクソン・ポロックの作品を見に、夜行列車に乗ってわざわざ倉敷にある大原美術館を訪れたりと、貪欲に現代アートの知識を吸収していった。

本人曰く、「絵はもう古いとか、自分のオリジナルの表現は何かとか考えて、すっかり頭でっかちになっていた」ようで、翌年の受験も失敗。当時は池田満寿夫らが活躍していた時代だったため、藝大なんか行かずとも活躍出来る人もいると考えた宮島は、一般企業にサラリーマンとして就職する。

そうして、仕事の傍ら絵を描き始めるが、その生活にもだんだん飽きが来て、そのうちに、給料の全てをディスコ通いに費やすようになる......。しかし、新宿のツバキハウスで朝まで踊る生活を2年間ほど続けたある日、始発電車を待って路上で段ボールにくるまって寝る自分の姿に、これではまずいと気付き、遂に改心。親に土下座して4年ぶりに予備校に通い直し、やっと「普通に描くこと」に専念することとなった。

こうした回り道の果てに、無事、東京藝術大学に合格し、1980年に大学生活を始めた宮島は、同級生の多くが受験が終わった途端、遊び惚けてしまうのに対し、最初から作家になると決めていたため、自ら「コンテンポラリーアート同好会」を発足させたり、自然と人工というコンセプトに基づくパフォーマンスを路上で展開し始める。

miki202212-miyajima-1-2.jpg

NA.AR.(rain)パフォーマンス(1982年)

miki202212-miyajima-1-3.jpg

NA.AR.(HUMAN STONE) パフォーマンス(1982年)

当時のアート界では、屋外の建築物等に介入する大規模なプロジェクトを行う川俣正の活躍が美術誌などで取り上げられ、いっぽうで1983年には段ボールを使った作品を展開する日比野克彦がグラフィック大賞をとるなど注目されるようになっていた。

宮島も、油絵では伝統あるヨーロッパの作家たちに勝てないうえ、自分の言いたいことが言えないもどかしさを感じることもあり、現代アート史の流れの先にいかに自身のオリジナリティを打ち出せるかという問いのもとにパフォーマンスなどを試みていた。

しかし、ちょうどその頃、アメリカのジュリアン・シュナーベルらのニュー・ペインティング、イタリアのフランチェスコ・クレメンテらによるトランス・アヴァンギャルディア、ドイツのアンゼルム・キーファーらに代表される新表現主義といった、神話的主題、物語性、荒々しい筆致の具象的表現などが特徴的な動向が世界的に席捲するようになり、日本では現代アートの流れなんか関係ないという風潮が生まれ、盆をひっくり返されたというか、だまされたような感じがしたという。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米アマゾン、テレフォニカとクラウド契約 通信分野参

ビジネス

三菱重の今期、2年連続で最高益見込む 市場予想は下

ビジネス

オリックス、発行済み株式の3.5%・500億円を上

ビジネス

KKR傘下のロジスティードがアルプス物流買収へ=B
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 10

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story