コラム

出稼ぎ労働者に寄り添う深圳と重慶、冷酷な北京

2023年12月07日(木)14時25分

4万人が営んでいた生活と生産の痕跡

その村の名は「新建村」という。深圳の城中村とは違って、新建村は北京市の中心から南へ20キロメートルも離れた田園地帯にある。したがって、ここを城中村(都市の中の村)と呼ぶのは正確ではない。

この村に隣接した地域に2002年から地元の鎮政府がアパレル工場を誘致し、アパレル、電子、自動車部品などの工場が並ぶ工業団地ができた。新建村はその工業団地で働く労働者たちの住む場所として発展し、東西1.1キロメートル、南北1キロメートルの場所に2階建てぐらいの簡易宿泊所などが集まっていた。村にはスーパー、理髪店、服屋、携帯電話店、診療所、パン屋、理髪店、銭湯、中国各地の料理のレストランなど生活に必要な商業施設が完備し、従業員5~30人ぐらいの零細なアパレル縫製工場もたくさんあった。村の人口は4万人ぐらいだったと推計される。4万人の生活と生産の場を北京市政府は違法建築を取り締まるという名目によってわずか2週間で潰してしまったのである。

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住民が去ってもぬけの殻となった新建村の商店街(筆者撮影・2017年12月)


都市化も住宅高度化も進まず、不動産業の低迷が続くおそれ

北京市政府は新建村に住んでいた人々に対してなぜここまで冷酷なのだろうか。

第1に、北京市政府は北京市戸籍を持つ人々のほうだけ見て仕事をしているからである。北京市民の目からは、ほかの地域から流入する労働者たちは市の財政負担を増やす厄介者とみなされがちである。もちろん大勢の人々を強権的に追い出すことに対して義憤を覚えた市民も少なくなかったが、そうした声は抑え込まれた。第2に、市政府としてはアパレル産業のような低付加価値の産業を追い出し、北京市内ではもっと高付加価値の産業に集中したいという考えもある。アパレル産業労働者や零細アパレル業者が安心して定住できるようにしようという考えはもともとないのだ。

北京市の新建村の例は、地方政府が強大な権限をふるって都市化を食い止められることを示している。経済発展の趨勢からいえば中国の都市化はまだ今後も進むはずであるが、北京市政府みたいな地方政府ばかりになれば、都市化が現状のまま停滞することも考えられる。深圳市や重慶市は労働者などとして流入してくる人口に対してより良い住環境を提供しようとしているが、北京市は流入労働者の住環境向上にはまるで関心がない。

北京市のような地方政府ばかりになれば都市化も住宅高度化も進まなくなり、不動産業の低迷が今後も長く続くだろう。中国が国全体としてそうした政策選択の誤びゅうに陥り、日本の1993年よりもまだだいぶ低い経済発展レベルであるにもかかわらず、「失われた30年」の扉を開いてしまう可能性は決して小さくない。なにしろ2017年11月に新建村のお取り潰しを命じた張本人である蔡奇(当時の北京市共産党委員会書記)が、今や中国共産党のトップ7に名を連ねているのだから。

中国学.comより転載

参考文献:

胡煒傑・王裔婷「農民工視角下的我国廉租住房発展模式――以重慶公租房与深圳城中村的住房模式為例」『南方建築』2022年第8期

劉雯菁「城市修補理念下深圳城中村更新策略研究――以笋崗村為例」『建築与文化』2021年第6期

楊棄非「城中村更新提速、“新深圳人”安居何処?」『城市開発』2021年第2期

楊鎮源・胡平・劉真鑫「村城共生:深圳城中村改造研究」『住区』2020年第3期

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プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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