コラム

ロシアが北方領土に最新鋭ミサイルを配備 領土交渉への影響は

2016年11月29日(火)13時55分

 ロシアは近年、太平洋艦隊への新型SSBN配備を進めており、そのパトロール海域であるオホーツク海の防衛体制もまた強化されている。また、今後、北極海航路が主要な交通ルートとなるのであれば、オホーツク海はその途上に当たる(実際、ロシア側は北太平洋と北極海については対で言及することが多い)。核抑止力と海上交通線の保護という2つの戦略的課題が重なるだけに、ロシアがオホーツク海で軍事力を強化するのは故なきことではない。

 したがって、北方領土へのミサイル配備は、対日牽制のためにそれをやって見せたというより、もともと軍事的な要請にしたがって行われたものを対日牽制のためにプレイアップしたと理解した方が実態に近いだろう。

 ロシアは10月にも、極東の爆撃機部隊を「基地」から「師団」に改編した際、「日本、グアム、ハワイの間をパトロールする爆撃機部隊を創設した」などと喧伝して見せた。しかし、「基地」から「師団」への改編はロシア空軍の中で進んでいる全体的な動きであり、兵力にも大きな変化があったわけではない。通常の軍事的措置を外向きに大きく宣伝してみせるという、ロシアの常套手段と言ってよい。

今後予想されるロシアの動き

 プーチン大統領の訪日を前にして、この種のプレイアップは今後も続くだろう。

『ヴォエバヤ・ヴァーフタ』によると、択捉島に配備されたバスチョン配備部隊は近く一連のミサイル発射訓練を実施すべく準備を整えている最中であるという。そこにミサイル部隊が配備されている以上、発射訓練が行われること自体はおかしなことではないにせよ、プーチン大統領の訪日前にこうした訓練のタイミングを合わせるなどの動きをロシア側が示してくる可能性は十分に考えられる。

 特にロシアは、歯舞・色丹を引き渡した場合のオホーツク海防衛を懸念し、両島を日米安全保障条約の適用外にするよう要求しているとも伝えられる。北方領土の軍事力強化をアピールすることは、領土交渉に付随する安全保障面の要求を飲ませる材料、という側面もあろう。

 たとえばロシアを代表する日本専門家であるイーゴリ・ストレリツォフ国際関係大学教授は、「日本と隣接している以上、北方領土(のうち、ロシアに残る島々)の非軍事化など考えられない」と有力紙『ガゼータ』に述べているが、たとえ領土交渉を進めるにしても安全保障上の妥協はしたくないというのがロシア側の思惑であろう。

 しかし、牽制は牽制以上のものではなく、これらの新型ミサイル配備によっても北方領土周辺の軍事バランスが著しく崩れるというものではない。来る日露首脳会談においては、多少の軍事的牽制に一喜一憂することなく、日本として主張するべきところは貫いて貰いたいと願う。


※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ガザで子どもの遺体抱く女性、世界報道写真大賞 ロイ

ビジネス

アングル:日経平均1300円安、背景に3つの潮目変

ワールド

中東情勢深く懸念、エスカレーションにつながる行動強

ワールド

ウクライナ中部にロシアミサイル攻撃、8人死亡 重要
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story