コラム

Mrs. GREEN APPLEのMV「コロンブス」炎上事件を再発させない方法

2024年06月18日(火)18時54分

創作を支えるサポート・助言体制を構築・強化せよ

筆者はかつて「カルチュラル・アプロプリエーション」(Cultural appropriation)つまり「何らかの表現活動を行うにあたって、多数派・支配的な立場にある者が、少数派・従属的な立場にある者の文化を、敬意を払うことなく「流用」したり、歴史的文脈を無視して「引用」したりすることへの非難」の問題を取り上げ、広告等の表現活動が「文化の盗用」の非難を浴びせられるリスクを回避するために必要な判断枠組みを考察したことがある(「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス −広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み−」)。


今回の「キャンセル・カルチャー」の問題と「カルチュラル・アプロプリエーション」は同じではないが、炎上を防ぐ考え方として一つの参考になると思われるので、簡単に紹介しよう。

まず、非難を浴びるリスクを客観的に想定することが重要だ。「文化の盗用」という文脈では、アイヌの文化であったり和服の帯であったり、その維持に多大の努力が払われている少数文化や伝統文化に該当するか否かを、例えばユネスコの「無形文化遺産一覧表」を参照して把握する。2021年には和服の帯を踏んづけるヴァレンティノのCM 動画が炎上したが、そもそも「文化の盗用」という批判を避けるためにはその炎上可能性を客観的に把握することが必要となる。

キャンセル・カルチャーも同じで、社会的文脈の中で「キャンセル」される可能性があるようなセンシティブなテーマを扱う場合は、慎重にリスクを想定しなければならない。無形文化遺産の場合と違って「一覧表」のような便利なツールはないので、クリエイティブな想像力が肝となる。

たとえば「猿」(Ape)を扱うのであれば、映画『猿の惑星』(と『戦場にかける橋』)の原作者ピエール・ブールが第二次世界大戦中に日本軍の捕虜だったこと、あるいは日本軍捕虜が収容所で猿同然に扱われていたことを糾弾した会田雄次著『アーロン収容所』(中公新書)を想起したり、コロンブス後の「植民地支配」であれば、ラス・カサス著『インディアスの破壊についての簡潔な報告』(岩波文庫)からエドワード・サイード著『オリエンタリズム』(平凡社)に至る書物を踏まえた上で、北米での先住民とバッファローの虐殺を想起させるものが登場しないか、あえて登場させるとしたらそのコンテキストをどう構築するのかといったことを、例えば先住民(ネイティブ・アメリカン)と白人(プア・ホワイト)の関係を描いたマーティン・スコセッシ監督の映画『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』を参考にしながら組み立てたりするのである。もちろんそういった作業をアーティスト自身が行うというより、創作を支えるサポート・助言体制を構築・強化するのだ。

その上で、実際のコンテンツで表現される内容の「強度性」を判断することも重要だ。今回のMVで言えば、最もインパクトのあるシーンは「猿に人力車を引かせている」場面だろう。この絵面は「奴隷労働」を想起させ得る程度の強度性がある(言うまでもないが、だからといって浅草等の人力車営業が奴隷労働という訳ではない。人間が猿を、先住民族のメタファー(隠喩)であるとしたらその先住民を酷使して引かせているというイメージの問題である)。もしそのようなイメージを喚起させてしまった場合、地球上に4030万人いる(国際労働機関[ILO]による)とされる「現代奴隷」の問題とリンクしかねず、「意識高い系」(Woke)から総スカンになる可能性もある。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

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