コラム

政権直撃のパー券裏金問題と検察「復権」への思惑

2023年12月09日(土)18時52分
パー券

更迭が取り沙汰されている松野官房長官 Kim Kyung-HoonーREUTERS

<自民党の派閥パーティー券問題は、松野官房長官の進退へと火の手が拡大している。裏金問題の捜査は「黒川問題」で傷付いた威信を取り戻す検察の復権過程の最終段階ともいえるが、より重要なのは政党が腐敗防止の具体策をいかに自律的に打ち出せるかだ>

自民党の派閥パーティー券裏金問題が政権中枢を直撃した。1000万円超のキックバック疑惑が浮上した松野博一官房長官を交代させる方針を岸田文雄首相が固めたと12月9日、各メディアが一斉に報じた。事実上の更迭だ。他にも世耕弘成参議院幹事長、高木毅国会対策委員長らの実名が報道されている。いずれも清和政策研究会(安倍派)の幹部で、岸田政権を中枢で支える重職だ。仮に今回の実名情報が検察筋のリークだとしたら、13日予定の臨時国会閉幕を待たず10日の江東区長選への影響を顧みないタイミングでのリークであり、捜査にかける不退転の固い決意と警鐘としてのメッセージが滲む。そうではなくて当事者である派閥筋からの党内情報だとしたら、自民党の中で最大派閥を巡る権力闘争が起きている可能性が透けて見える。

今回の事件を見る視座は3つある。第1に、「業界慣行の腐敗」という視点だ。

降って湧いたように見える今回の捜査を「清和研(安倍派)潰し」や「岸田政権に引導」と見立てる向きもあるだろう。しかし、発端となったのは昨年来の「赤旗」による調査報道と上脇博之・神戸学院大教授の告発状だ。政治資金規正法が要求している適正な会計処理の水準とは程遠い、派閥のパーティー券(パー券)売買を利用した裏金捻出の疑惑が告発されていた。過度に陰謀論的な見立ては事の本質を見誤る。「法令」と「悪しき現実」のギャップを腐敗という。腐敗をただすのは捜査訴追機関の本来的役割だ。東京五輪汚職事件も似た側面があるが、弛緩した「業界慣行」が「腐敗」と言うべき客観的レベルに達していることを看過できないとして、司直の手が入ったというのが本質であろう。

政治資金収支報告書の不記載・虚偽記載は形式犯で、摘発対象は一義的には会計責任者だ。政治家は共犯になるかどうかを問われるだけ(会計責任者の選任及び監督について相当の注意を怠った時は50万円以下の罰金に処せられるが)。不記載・虚偽記入を政治家が会計責任者に対して具体的に指示したと言えるような共謀の事実を立証することは容易なことではない。

しかし、政治家がキックバックをポケットに収めて私腹を肥やしていた場合は話が別だ。「政党を除いて、何人も政治家(個人)に対して金銭等による寄付をしてはならない」という政治資金規正法(21条の2)違反の疑いが濃厚になる。派閥は政治団体であって政党そのものではない。キックバックが多額であれば、派閥から政治家(資金管理団体)に渡される「氷代」(初夏)と「餅代」(冬)に溶け込まして報告義務を果たしていると糊塗することもできない。寄付を受けた政治家は1年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処せられる(時効は3年)。キックバック分を費消していた場合は証拠固めが困難になる可能性があるが、理屈としては所得税法違反の嫌疑も生じるだろう。

弛緩した「業界慣行」はもう1つある。パー券販売の「あっせん」だ。パー券をさばくのは大変だ。毎年のようにパー券を頼まれる側は限界効用逓減の法則で、嫌気が差して買い渋るようになる。そこで業界団体や政治系シンクタンク等が助け舟を出して大量のパー券を預かり、業界に所属する個別企業や「太いタニマチ」にパー券購入を依頼する「取り次ぎ」を行うことがある。これが「あっせん」だ。パー券のあっせんをした者は7日以内にパー券購入者の氏名・住所・購入額・年月日等を記載した「明細書」を会計責任者に提出しなければならない。

ところがこの明細書の処理が疎かになっている実態が垣間見られる。不記載・虚偽記入のみならず「不提出」も3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金に処せられることは意外と知られていない。臨時国会閉会後の強制捜査でこの明細書が押収されて分析が進んだ場合、パー券裏金疑惑が「あっせん」に飛び火し業界団体等を含めた疑獄に発展する可能性はゼロではない(かも知れない)。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:マムダニ氏、ニューヨーク市民の心をつかん

ワールド

北朝鮮が「さらなる攻撃的行動」警告、米韓安保協議受

ビジネス

NY外為市場=ドルおおむね下落、米景気懸念とFRB

ビジネス

ステーブルコイン普及で自然利子率低下、政策金利に下
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 8
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 10
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story