コラム

岸田首相の長男にボーナスは支払われる

2023年05月30日(火)17時47分

やっぱり身内に甘い処分?

岸田首相が今回、三国志にいう「泣いて馬謖を斬る」思いで更迭に踏み切ったであろうことは、辞職日付を6月1日にしたことからも伺われる。6月1日と言えば、首相秘書官(特別職国家公務員)の期末手当(夏のボーナス)支給基準日である。人事院事務総長通達によれば、基準日「当日」に離職した場合でも支給対象となるが、基準日前1カ月以内に離職した場合でも(例えば5月29日に辞職した場合)、期末手当自体は支給されると規定されている(特別職職員給与法7条の3、一般職職員給与法19条の4第1項後段)。

しかし、その場合は支給額が8割に減額されてしまう(一般職職員給与法19条の4第2項2号。なお、勤務成績に応じて支給される勤勉手当は95%に減額)。満額支給を受けるためには、5月中ではなく、少なくとも6月1日を待って離職する必要があるのだ。

一部の報道は「6月1日に辞職するためボーナスに当たる期末・勤勉手当は支払われない」という「官邸関係者の話」を報じているが、基準日に在職(と同時に離職)している以上、満額支給されるのが原則であり、例外として考えられるのは基準日(以降、支給日までの間)に懲戒免職処分を受ける場合などであろうか(なお「その者に対し期末手当を支給することが、公務に対する国民の信頼を確保し、期末手当に関する制度の適正かつ円滑な実施を維持する上で重大な支障を生ずると認めるとき」に想定されるのは支給の「一時差止め」であり、不支給そのものではない)。

翔太郎秘書官は今回、期末手当・勤勉手当だけでなく、退職金も受け取らない意向であると報じられている。しかし、更迭表明直後の即時辞職ではなく、「6月1日付け辞職」が選択されたことは、政治的な文脈で意味を持つ。この4日間の猶予が「やっぱり身内に甘い処分」という印象を有権者に与えたとしたら、それを払拭することは容易なことではない。

「泣いて馬謖を斬る」という故事だが、馬謖を斬った諸葛孔明が涙を流したのは、馬謖を不憫に思ったのではなく、馬謖を重用してはならないという劉備の遺言を無視した「己の不明」を悔いたからだという解釈もある。斬ることになるのだったら初めから登用しなければ良かった――。岸田首相の心中は、いかばかりであろうか。

20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金利、現行水準に「もう少し長く」維持する必要=ミ

ワールド

バイデン・トランプ氏、6月27日にTV討論会で対決

ワールド

ロシア、ウクライナ攻勢強める 北東部と南部で3集落

ワールド

米、台湾総統就任式に元政府高官派遣
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 8

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story