コラム

欧州としての解決策か、それとも近隣窮乏化か EUの命運は四面楚歌のメルケル独首相にかかっている

2016年02月18日(木)16時13分

泣き虫メルケル? 欧州の将来を一身に背負って(2月17日、定例の閣議) Hannibal Hanschke- REUTERS

 英紙フィナンシャル・タイムズの著名コラムニスト、ギデオン・ラクマンが年末に予想したように、ドイツの首相メルケルは深刻化する難民問題で与党内の反発を受け、今年中に退陣するのだろうか。確かにメルケルには気弱なところがある。債務危機最中の2011年11月、フランス・カンヌで開かれた主要20カ国・地域(G20)サミットで、メルケルは突然、泣きだした。

 カンヌ・サミットでは、ユーロ圏の債務危機を鎮めるセーフティネットをさらに強化しようと、イタリアが国際通貨基金(IMF)の財政再建計画を受け入れるのと同時に、ユーロ圏はIMFの特別引出権(SDR)から1400億ユーロをつぎ込んで欧州金融安定化基金(EFSF)を拡充するか否かが議論されていた。

 米大統領オバマから「ドイツはユーロ圏のSDRの4分の1を持っている。ドイツが(欧州金融安定化基金へのSDR拠出に)同意しなければ、EUは信用を失う」と迫られ、メルケルはこう言って泣きだした。「イタリアから(IMFの財政再建計画受け入れについて)何の確約も取れていないのに、そんな大きなリスク(中央銀行・ドイツ連邦銀行の頭越しにSDR拠出を独断で決めるリスク)は取れない。私は(政治的な)自殺行為はしない」(当時のFT紙より)

【参考記事】冷酷ドイツが自己批判「戦後70年の努力が台無しだ」

 煮ても焼いても食えないイタリアの首相ベルルスコーニ(当時)と抱き合い心中するのを避けるため、メルケル最後の手段は「オンナの涙」だった。サミットの鍵を握るのはオバマと、ホスト国フランスの大統領サルコジ。メルケルより懐の深いこの2人だからこそ、涙は効き目があった。今、メルケルはあの時以上に泣きたい気持ちだろう。

EU離脱をちらつかせるイギリス

 しかし今回の危機は、泣いても乗り越えられないほど深刻だ。昨年、ドイツにたどり着いた難民は110万人。ニューイヤーズ・イブ(大晦日の夜)にケルンで起きた集団性的暴行事件にアルジェリアやモロッコなどの難民が関わっていたことから、難民に門戸を開いたメルケルへの批判は一気に高まった。

【参考記事】ヨーロッパを覆う「難民歓迎」の嵐

 ロシアの大統領プーチンがシリア・アレッポへの空爆を強化し、さらなる難民がトルコ国境に押し寄せる。EU離脱の国民投票を振りかざし、出稼ぎ移民への社会保障制限などの受け入れをEU首脳に迫る英首相キャメロンのやり方を見て、「ゴネ得が許されるのなら、オレ達も」とハンガリーやポーランドなど難民受け入れに消極的な東欧諸国が手ぐすねを引く。

【参考記事】イギリス離脱を止められるか、EU「譲歩」案の中身

 与党・キリスト教民主同盟(CDU)、キリスト教社会同盟(CSU)からは「内戦を逃れてきた難民であっても亡命申請者であったとしてもドイツが20万人以上の難民を受け入れるのは無理だ」という現実的な批判が起こり、国境管理の強化を求める声が強まっている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

IMF委、共同声明出せず 中東・ウクライナ巡り見解

ビジネス

NY外為市場=円・スイスフラン上げ幅縮小、イランが

ビジネス

米P&G、通期コア利益見通し上方修正 堅調な需要や

ワールド

男が焼身自殺か、NY裁判所前 トランプ氏は標的でな
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story