コラム

シーア派指導者処刑はサウジの「国内対策」だった【サウジ・イラン断交(前編)】

2016年01月08日(金)16時20分
シーア派指導者処刑はサウジの「国内対策」だった【サウジ・イラン断交(前編)】

テヘランのサウジアラビア大使館前で、サウジによるシーア派宗教指導者ニムル・ニムル師の処刑に抗議するシーア派大国イランのデモ隊(1月2日) TIMA/Mehdi Ghasemi/ISNA-REUTERS

広がる国交断絶の波紋

 サウジアラビアによるシーア派宗教指導者の処刑が、テヘランでのシーア派民衆の抗議デモにつながり、テヘランのサウジ大使館が放火されたことから、サウジはイランとの外交関係断絶を発表した。続いて、クウェートは駐イラン大使を召還、バーレーンはイラン行きの直行便を停止するなど、サウジに同調する動きを見せている。

 今回のサウジ・イラン危機の根底には、中東でイランの影響力が強まることに対するサウジや湾岸諸国の反発がある。しかし、サウジの今回の集団処刑は、サウジがイランを挑発して、国交断絶に持っていこうと仕組んだものとは考えられない。

 処刑を決めたのはサウジの国内治安やテロ対策を担当する内務省である。内相は副首相を兼ねる国王に次ぐ有力者のムハンマド・ナイフ第1皇太子であり、外交的な波及を前もって勘案して、治安対策をとったとは考えにくい。あくまで国内治安を守るために、集団処刑が行われたと考えるべきである。

 つまり、シーア派宗教者を処刑しても、それによりイランで大きな反響が広がるとは予期しなかったということだ。テヘランでの民衆の暴走がサウジ大使館の焼き討ちまで進むことまでは誰も予想できないとしても、イランで何らかの反発が起こると考えないようでは、それ自体がサウジ政府の外交感覚が問われることに変わりはない。

 特に昨年11月、ウィーンでのシリア支援国外相会合で、それまでそっぽを向いていた米国、ロシア、イラン、サウジがシリア和平に関わるという枠組みができ、1月中にも国連の仲介でアサド政権と反体制派の協議が予定されている。その直前に、その枠組みを壊すような危機が起こったことには、米国もさぞかし頭が痛いことだろう。

シリア和平協議に避けられない悪影響

 先に外交への影響について書くならば、イランとの国交断絶を発表したサウジのジュベイル外相は、国連のデ・ミストゥーラ・シリア担当特使との会談で「シリア和平会議には影響しない」と言っているが、ほとんど説得力はない。外交的には米オバマ大統領の念願だったイランとの関係正常化に向けた道が、昨年春の核協議の最終合意によって開いた。米国が中東の安定を危うくしないで、中東からの軍事的関与を引き下げるためには、イラク問題でもアフガニスタン問題でも、シリア内戦でも米国がイランと外交的に直接関与する関係を作らねばならない。

 核問題の合意は昨年10月に発効し、それを受けてこれから欧米で対イラン制裁解除に向けた動きが始まる。米・イラン新時代はまずシリア和平協議が最初の試金石になるはずだった。なのに、いきなりサウジ・イラン国交断絶という事態が降ってわいたように起こったのである。

宗派対立で利を得る「イスラム国」

 これによって、イラクでもシリアでも、さらにイエメンでも危ういスンニ派とシーア派の対立が激化するとなれば、シリア和平がうまくいかないどころの話ではなくなる。なぜなら、「イスラム国(IS)」は、イラクやシリア、イエメンで「シーア派の攻撃によるスンニ派の受難」を宣伝し、「対シーア派ジハード(聖戦)」を掲げる。宗派対立の激化は、スンニ派世界でISが力を得ることにつながる。

 スンニ派とシーア派の抗争はイラク戦争後の2006年にイラクで始まり、毎日のようにバグダッドで100体以上の惨殺された死体が路上で見つかるなど悲惨な状況となった。それがISの前身である「イラク・イスラム国」が生まれる契機となった。イラクの宗派抗争はイラク国内で治まっていたが、サウジ・イラン危機が激化すれば、宗派抗争がペルシャ湾岸周辺国から中東全域に広がりかねない。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。最新刊は『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。
ツイッターは @kawakami_yasu

ニュース速報

ビジネス

ECBは12月に政策再確認、次の措置の議論は来年に

ビジネス

ユーロ圏6カ国、来年EU財政基準に抵触する可能性=

ワールド

北朝鮮、米国のテロ支援国家指定に「重大な挑発」と反

ワールド

レバノン首相が帰国、大統領と会談 辞任はいったん保

MAGAZINE

特集:北朝鮮の歴史

2017-11・28号(11/21発売)

核・ミサイル開発に日本人拉致問題、テロ活動...... 不可解過ぎる「金王朝」を歴史で読み解く

グローバル人材を目指す

人気ランキング

  • 1

    北朝鮮「亡命兵士」の腸が寄生虫だらけになった理由

  • 2

    ジャーマンシェパード2頭に1頭が安楽死 見た目重視の交配の犠牲に

  • 3

    北朝鮮「亡命兵士」の命を脅かす寄生虫の恐怖

  • 4

    東日本大震災の瓦礫に乗って、外来種がやって来た

  • 5

    北朝鮮、亡命の兵士を追って軍事境界線を越境してい…

  • 6

    犬も鬱で死ぬ 捨てられたショックで心は修復不可能に

  • 7

    北朝鮮「兵士亡命」が戦争の引き金を引く可能性

  • 8

    韓国でスープになる直前の犬を救出 ベトナムでは犬…

  • 9

    「筋トレは、がんによる死亡リスクを31%下げる」と…

  • 10

    トランプは金正恩を利用しているだけ、戦争する気は…

  • 1

    北朝鮮「亡命兵士」の腸が寄生虫だらけになった理由

  • 2

    北朝鮮「亡命兵士」の命を脅かす寄生虫の恐怖

  • 3

    北朝鮮「兵士亡命」が戦争の引き金を引く可能性

  • 4

    サンフランシスコ「従軍慰安婦像」への大阪市対応は…

  • 5

    北朝鮮の女子大生が拷問に耐えきれず選んだ道とは...

  • 6

    飛び級を許さない日本の悪しき年齢主義

  • 7

    アメリカで黒人の子供たちがたたき込まれる警官への…

  • 8

    「クラスで一番の美人は金正恩の性奴隷になった」

  • 9

    子供を叩かないで! 体罰の影響を科学的に研究 

  • 10

    「人肉は食べ飽きた」と自首した男と、とんでもない…

  • 1

    北朝鮮「亡命兵士」の腸が寄生虫だらけになった理由

  • 2

    北朝鮮の電磁パルス攻撃で「アメリカ国民90%死亡」――専門家が警告

  • 3

    北朝鮮「兵士亡命」が戦争の引き金を引く可能性

  • 4

    北朝鮮「亡命兵士」の命を脅かす寄生虫の恐怖

  • 5

    「クラスで一番の美人は金正恩の性奴隷になった」

  • 6

    人はロボットともセックスしたい──報告書

  • 7

    北朝鮮経済の「心臓」を病んだ金正恩─電力不足で節約…

  • 8

    トランプは宣戦布告もせず北朝鮮を攻撃しかねない

  • 9

    北朝鮮危機「アメリカには安倍晋三が必要だ」

  • 10

    「トランプ歓迎会に元慰安婦」の陰に中国?

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

全く新しい政治塾開講。あなたも、政治しちゃおう。
日本再発見 シーズン2
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 特別編集

最新版 アルツハイマー入門

絶賛発売中!