コラム

韓国「変則的な大統領制」の欠陥がもたらす奇妙な選挙制度

2022年03月29日(火)16時00分

1987年に民主化を遂げたこの国では、まず年内に大統領選挙が行われ、次いで翌年に国会議員選挙が行われた。そして、この両者の任期の「終わり」を揃えるべく、大統領の任期が5年と設定されたのに対し、国会議員の任期は1年短い4年と定められた。

加えて言えば、韓国では日本の最高裁に相当する大法院判事の任期は6年であり、結果、国会議員と大統領、そして大法院判事の任期が1年ずつずれる、という奇妙な制度になった。

こうしてちょうど太陽の周りを異なる速度で公転する様々な惑星が接近したり離れたりする様に、政権毎にそれぞれの任期の始まりと終わりが接近したり離れたりする奇妙な状況が生まれる事になった。

韓国の制度がこの様な奇妙なものになった理由は何か。それは当時の民主化が極めて急速に進んだ結果として、このいびつな制度が後の韓国政治に与える影響が十分に精査されなかったからである。

より正確に言えば、1987年の段階では多くの人々はこのいびつな制度がそれから35年も経った後にまでそのまま受け継がれるとは考えていなかった。問題があれば、それは後の人々が改正すれば良いし、改正するであろうと考えた。

つまり憲法の細かい整合性よりも、何はともあれ民主化を実現し、大統領選挙と国会議員選挙の実現を優先した訳になる。

だが問題は、様々な政治勢力の思惑もあり、その後もこの憲法が改正されず、今日まで来たことであった。その結果、韓国では各々の政権において大統領就任から異なるタイミングで国会議員選挙が行われるという奇妙な状態が出現した。そして、大統領側に国会を解散させることができない以上、大統領がこのタイミングを選ぶ事は不可能になっている。

5月10日に大統領に就任する尹錫悦(ユン・ソギョル)にとって、この問題は極めて重くのしかかる。

現在の国会の構成は全300議席のうち、現与党である「共に民主党」が172議席の圧倒的多数を占めており、尹政権の下で新与党になる「国民の力」は、わずか110議席しか占めていない。背景には、この選挙が行われた2020年4月の特殊状況が存在した。当時は文在寅(ムン・ジェイン)政権が新型コロナ禍の第1波の抑え込みに成功した時期であり、大統領である文の支持率が一時的に大きく上昇していたからである。

繰り返し述べている様に、韓国は大統領制を採用している国の1つであり、だから大統領になる尹はこの状態を改善する為に国会を解散する事ができない。次の国会議員選挙は2024年4月だから、2年近くの間、新大統領は巨大野党との対決を余儀なくされる。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

豪小売売上高、5月は前月比0.2%増と低調 追加利

ビジネス

午前の日経平均は続落、トランプ関税警戒で大型株に売

ワールド

ドバイ、渋滞解消に「空飛ぶタクシー」 米ジョビーが

ワールド

インドネシア輸出、5月は関税期限控え急増 インフレ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    世紀の派手婚も、ベゾスにとっては普通の家庭がスニ…
  • 7
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    あり?なし? 夫の目の前で共演者と...スカーレット…
  • 10
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story