コラム

「性別変更簡易化」スコットランドでレイプ犯が女性に性別変更

2023年02月09日(木)19時05分

「進歩的左派」はしばしば、抑圧された人々の権利拡大を大胆に推し進めることで「正義の側」と思われがちだ。でも戦術の中で彼らはしばしば、衝撃的なほどに良識の欠如したゴロツキになる。

このトランスジェンダー推進策の反対派で先頭に立っているのは、(政党、政治思想はさまざまな)フェミニスト政治家たちで、長年、女性の安全な居場所確保のために活動したり、女性のスポーツ種目の参加資格は女性に限るべきだと主張して女性の権利擁護運動を続けてきた人々だ。そんな彼らの見解はただただ間違っているとはねつけられ、さらには同僚の男性政治家から、女性蔑視としかいいようのない非難を受けてさえいる。さんざん女性を抑圧してきた男性政治家がこの期に及んで正義面するなんて、どう考えても奇妙な話だ。

かなり広まっている「Terf(トランスジェンダーに排他的な急進的フェミニスト)」などという軽蔑的な用語もある。急進的左派政治家がいかに素早い変わり身で、ちょっと前までの英雄に敵意を向けるかといういい例だ。

「ハリー・ポッター」シリーズで大成功する前に結婚生活でDVに苦しんだという、スコットランドの作家J・K・ローリングはかつて、英労働党への巨額寄付など政治的活動や女性の権利擁護の積極的な運動で称えられた。だが彼女がトランスジェンダー改革(例えば女性を自認する人なら誰でも女性更衣室を使えるとか、女性を自認さえしていればDV被害女性の保護施設で暮らせるとか)にあえて疑問を唱えると、今度は容赦なく攻撃されるようになった。

論争を呼ぶ主張をあえてすることで、ローリングらは非情な個人攻撃にさらされてきた。彼らの真意は非難され、彼らの懸念は否定されている。その挙句に「ブライソン」のような件が起こり、彼らの懸念がもっともだったことが示された。

スコットランドの法案では、暴力事件の加害者が裁判前に性別の変更を行うことを禁止する修正条項が提案されたが、それは採決で否決された。

女性を攻撃する男性が、その「彼女」自身が決意した瞬間(用語的には「自己表明」とも言う)から女性と全く同じ存在になることを認めるなんて、常識に反している。でもだからといって、彼らトランスジェンダー権利擁護の先駆者たちの独善的な自信がくじける日が来るとはとても思えない。

【写真】性自認が女性だと訴える現在のブライソンの姿

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

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