コラム

「イギリス人は階級が9割」......じゃない!

2015年08月11日(火)16時50分

 僕は本気でニールのことを心配している。トニーのような情熱がほしい。チャールズにはがっかりさせられる。ニックの成功は感心するけれど、いちばん喜べるのはポールのことだ。ジョンは思っていた以上に好きになったけど、ブルースにはイライラする。もっとも、ブルースだって10年前に会っていたら誰より気に入ったかもしれない。なぜだかわからないけど、「女の子たち」にはあんまり感情移入しない。とりわけスージーには。

 何のことか説明しなければ。僕はいま、10年以上気になりながらずっとできずにいたことを実行している真っ最中。『UP』というドキュメンタリーシリーズをぶっ続けで見ているのだ。僕的にはこれはおそらく、史上最高傑作のドキュメンタリー番組の1つ。14人のイギリス人の人生を、何十年もかけて追ったシリーズだ。

 初放送は1964年。主演者全員が7歳だった。以来、7年ごとに『7UP』『14UP』というタイトルで彼らのその後を追跡している。直近の『56UP』は2年前にテレビで放送されていたが、いつかシリーズを最初から順番どおりに見たかったので、見ないでおいた。

 冒頭で名前を挙げたメンバーは、僕にとってすっかり身近な存在になった。奇妙で一方的な気持ちなのは分かっているけれど、本当の友達のように感じている。人間嫌い気味の性格を自覚している僕だけに、彼らみんなを好きになったことには、自分でも驚いている。たぶん、初めて彼らに「会った」のが7歳の時点だからだろう。相手が7歳の子供だったら、誰しも応援せずにいられないだろうし、その人生が成功するよう祈らずにはいられないものだ。

 人が劇的に「成長」していくのを、ほんの数週間のうちに見守るというのは、驚くべき体験だ。7歳が14歳になり、21歳、28歳になるのを、僕は10日間で目撃した。35歳に行く前には一休みした。ちょっと繰り返しが多くなってきたからだ(制作側は7年前や14年前の様子を視聴者に「思い出させる」必要があるし、番組を見たことがない人のことも考えないとならない)。

 僕は今のところ『42UP』を見るのをしばらく我慢しているが、自分の今の年齢に近い彼らがどうなっているのか知りたくてたまらない。

 初回の『7UP』に出演した「子供たち」の人選には明らかに、イギリス社会の階級格差を示す狙いがあった。ロンドンのイーストエンド出身の少年(トニー)と、ロンドンの公立校に通う少女3人(つねに「ジャッキーとその友達」として紹介される)は、労働者階級。一方で上流階級には、ロンドンの同じ私立小学校に通う3人の少年(ジョン、チャールズ、アンドルー)がいる。さらに、施設で育つ少年2人(後に父親に再会してオーストラリアに移住したポールと、ハーフの婚外子で母親が精神疾患を抱えているサイモン)もいる。
 
 ニールとジョンは中産階級の代表として選ばれたと思うけれど、リバプール出身なのでむしろ「下流中産階級」に見える(後にリバプールは「衰退した都市」の同義語になっている)。イングランド北部の過疎地域の農家で育ったニックは、典型的な「カントリーボーイ」だ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米中が閣僚級電話会談、貿易戦争緩和への取り組み協議

ワールド

米、台湾・南シナ海での衝突回避に同盟国に負担増要請

ビジネス

モルガンSも米利下げ予想、12月に0.25% 据え

ワールド

トランプ氏に「FIFA平和賞」、W杯抽選会で発表
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」が追いつかなくなっている状態とは?
  • 2
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い国」はどこ?
  • 3
    「ボタン閉めろ...」元モデルの「密着レギンス×前開きコーデ」にネット騒然
  • 4
    左手にゴルフクラブを握ったまま、茂みに向かって...…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    主食は「放射能」...チェルノブイリ原発事故現場の立…
  • 7
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%…
  • 8
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 9
    『羅生門』『七人の侍』『用心棒』――黒澤明はどれだ…
  • 10
    高市首相「台湾有事」発言の重大さを分かってほしい
  • 1
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体を東大教授が解明? 「人類が見るのは初めて」
  • 2
    戦争中に青年期を過ごした世代の男性は、終戦時56%しか生き残れなかった
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    イスラエル軍幹部が人生を賭けた内部告発...沈黙させ…
  • 5
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 8
    【クイズ】17年連続でトップ...世界で1番「平和な国…
  • 9
    日本酒の蔵元として初の快挙...スコッチの改革に寄与…
  • 10
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story