コラム

増税延期に使われた伊勢志摩「赤っ恥」サミット(後編)

2016年06月06日(月)15時10分

 行動計画の中の具体的な数値として、EUの各加盟国で想定される付加価値税収入額と実際の徴収額の差は2013年には約1,700億ユーロ(1ユーロ123円で換算すると約21兆円)。うち国境を越える(=輸出入)取引だけを見ても、EU域内で年間およそ500億ユーロ(約6兆円)の付加価値税の収入減が不正取引等によって生じていると試算しています。

 国境間の取引での不公平・不正を防ぎ税収増を図る、と同時に特に中小零細企業にとって多大な負担となっている事務処理を簡素化する、デジタル社会に沿った制度改革を実行することを主眼に掲げていますが、その「恒久的制度」に向けての改革の目玉は大きく2つ。1つ目は競争原理を阻害する軽減税率は撤廃。前編記述の独ペッフェコーヴェン教授の主張が反映された内容です。なおその他の軽減税率、非課税対象品目についても見直しがされます。

 2つ目は欧州域内での還付制度の廃止です。この点はECが公表したファクトシート(PDF3枚目)を見るとわかりやすいかと思いますが、消費税もこれまでの付加価値税も基本的に、流通に関わる全ての事業者がそれぞれ自身の支払った消費税と受け取った消費税を相殺して納税するシステムを採用しています。また、消費税・付加価値税の税収は最終消費地に帰属する「仕向地原則」に則っているため、輸出の際の税率は0%となります。

 PDFに書かれている通り、この国境をまたぐ取引の際の0%税率が不正の温床と判断したのが今回のECの改革であり、例えば輸入国側の不正手段として、輸入業者は輸入品を販売し付加価値税を消費者から受け取りますが、税務署には納税せずに雲隠れするミッシング・トレーダー詐欺が問題になっています。

【参考記事】「デジタルデフレ」こそ、世界経済が直面するリスク

 また輸出国側ですが、これまでの暫定制度の場合、国内の仕入れ段階で輸出企業は付加価値税を払いますが、国境を越えた取引の際には税率が0%となるため輸入国側の業者から付加価値税を受け取ることができません。このままでは輸出企業は付加価値税の払い損となるため、支払い済みの税額は還付金として輸出企業に戻される仕組みになっていました。

 今回の恒久改革でのECの判断ですが、実際の運用面を考えるとこの還付制度が不正・詐欺の温床になっている面は否めないとし、欧州域内での取引については還付そのものを廃止へ。国境を越えた取引での0%税率による不正や詐欺が発生する機会をなくす発想です。とは言え、このままでは最終消費地国(輸入国側)の財務省に全ての税収がいかずに、輸出国側の財務省にも納税されることになります。付加価値税収は全て最終消費地国に納税されるのが原則ですから、そうするための手段として、輸出国の財務省を通じて輸入国の財務省へと税金分を送金する方法が提案されています。つまり、あらゆる事業者は付加価値税を払った後に、いちいち還付申請など煩わしい事務作業をせずとも、各事業は付加価値税を納税するだけ、各国の財務省同士で余分な資金のやりとりをすれば良し。個人でさえ自宅のPCから資金送金が出来る世の中で、アナログ時代の旧態依然とした方法でしかも不正の温床となる複雑・煩雑な制度を今の時代にわざわざ採用する必要はないというわけです。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

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例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

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