コラム

アベノミクスが目を背ける日本の「賃金格差」

2015年07月16日(木)15時00分

 非正規雇用の多いサービス分野では特に賃金が抑圧されているのは勿論のこと、非正規雇用が少なく賃金の高いとされる日本の製造業においても、生産性の上昇よりもかなり低い賃金上昇しか見受けられないことについて。グローバル企業が新興国との国際的な賃金格差により敏感となり、日本国内の賃金を抑制したという国際競争力の観点はよく指摘されることですが、実のところは日本国内の他のセクターの非正規雇用労働の比率が多い結果、賃金が抑制されているために、企業として余裕のある製造業でも高めの賃金を提示する必要に迫られなくなったことも大きく影響しているとしています。

 企業が営利活動を目的としている以上、放っておけば賃金の安い方に収束されてしまうのは当然予想できるわけですから、なるべく賃金の高い方に収束していくよう、これは制度設計をするしかありません。それにはまず『同一労働・同一賃金』が徹底される必要があるわけですが、つい先日可決された労働者派遣法改正案ではが「職務に応じた待遇の均等」から「業務内容及び当該業務に伴う責任の程度その他の事情に応じた均等な待遇及び均等の取れた待遇」と骨抜きにされたことで実質的に同一賃金にしなくてもよいという解釈もできるようになってしまいました。これはILOの正規・非正規雇用の賃金格差是正で需要の創出をとする提案からも、「様々な雇用形態の中で、経済成長を育みながらいかに適切な労働保護と社会的保護を提供していくか」とした課題からも、つまり国際的な潮流から完全に逆行した形です。

 時の政権が担う経済政策が機能してくれなければ一般国民の経済生活は困窮してしまいます。だからこそ、政権の政策運営が上手くいって欲しいと願うのは当たり前のことで、そのための建設的批判があるのも当然。それを受け入れられないとすれば誠に遺憾なことですし、これまでの政策、制度の過ちがあるならそれを認めなければ次のステップにも進めません。経済政策にしても、制度設計にしても、国立競技場の建設問題にしても、過ちを糺すためにはまずは非を認める、その作業がどうも日本人は(と限定するのも語弊がありますが)苦手なようです。そうした気質がありとあらゆるとことで巣食っているために問題が改善しないまま長期化するだけとなる。非を認めた勇気と方向転換はリスペクトに値するものでもあるのですが、そこから目を背けてしまう。そうしたことに日本の抱える本質的な問題があるのかもしれません。

プロフィール

岩本沙弓

経済評論家。大阪経済大学経営学部客員教授。 為替・国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、参議院、学術講演会、政党関連の勉強会、新聞社主催の講演会等にて、国際金融市場における日本の立場を中心に解説。 主な著作に『新・マネー敗戦』(文春新書)他。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ首都に大規模攻撃、米ロ首脳会談の数時間後

ワールド

中国、EU産ブランデーに関税 価格設定で合意した企

ビジネス

TSMC、米投資計画は既存計画に影響与えずと表明 

ワールド

OPECプラス有志国が5日に会合、日量41.1万バ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 2
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 3
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコに1400万人が注目
  • 4
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 5
    後ろの川に...婚約成立シーンを記録したカップルの幸…
  • 6
    職場でのいじめ・パワハラで自死に追いやられた21歳…
  • 7
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 8
    為末大×TAKUMI──2人のプロが語る「スポーツとお金」 …
  • 9
    「コメ4200円」は下がるのか? 小泉農水相への農政ト…
  • 10
    1000万人以上が医療保険を失う...トランプの「大きく…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギに挑んだヘビの末路
  • 3
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 4
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 8
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 9
    【クイズ】「宗教を捨てる人」が最も多い宗教はどれ?
  • 10
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とん…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    「飲み込めると思った...」自分の10倍サイズのウサギ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story