コラム

「ボストンを変えた」交響楽団に音楽監督として乗り込んだ小澤征爾が打ち破った上流社会の伝統

2024年02月28日(水)18時20分

240305p23_CCM_02.jpg

緑豊かなタングルウッドに立つセイジ・オザワ・ホールの前でクラシックを楽しむ人々 HILARY SCOTT, COURTESY OF THE BSO

小澤は臆することなく交響曲を指揮し、時には伝統的な解釈から離れることもあった。

当然、批評家は小澤を生意気で薄っぺらな若造呼ばわりした。

バッハやベートーベンをこんなふうに解釈するのは邪道だと、彼らは決め付けた。

ヨーロッパの偉大な巨匠、つまり白人の巨匠の音楽はアジア人には分からない、と。

だが小澤の時代には、そんな偏見はもはや通用しなかった。

小澤は彼の師匠の1人、指揮者レナード・バーンスタインがニューヨークでやってのけたように、クラシックをボストンの「新しい」聴衆に親しまれる音楽にした。

ニューヨークとボストンだけでない。小澤とバーンスタインは世界中でそれを実現した。

小澤は芸術家気取りとは全く無縁で、生きる喜びを全身にあふれさせながら、この偉業を成し遂げた。

彼は地元の住民の誰にも負けない筋金入りのレッドソックス・ファンだった。

球団のキャップをかぶり、学校を訪れて子供たちの合唱を指揮し、若手音楽家の育成に尽力した。

一部の批判をものともせず、ボストンの西のバークシャー山地にあるボストン交響楽団の夏の本拠地タングルウッドで若手を指導し、演奏経験を積ませて技術水準を上げようと努めた。

ビーコンヒルの住民だけでなく、ボストンの全ての市民にとって、クラシック音楽がより身近なものになったのは彼のおかげだ。

彼は今のボストンを、そしてアメリカを形づくった先駆者たちの1人でもある。

階層の壁が崩れつつあり、多様な文化が花開き、誰もがどこにでも、そう、芸術の殿堂にも大手を振って入れる──ボストンをそんな街にしてくれた小澤を人々は決して忘れない。

<本誌2024年3月5日号掲載>

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、方向感欠く取引 来週の日銀

ワールド

EU、ロシア中銀資産の無期限凍結で合意 ウクライナ

ワールド

ロシア、ウクライナ南部の2港湾攻撃 トルコ船舶3隻

ワールド

タイとカンボジアが攻撃停止で合意、トランプ氏が両国
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 2
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 3
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナの選択肢は「一つ」
  • 4
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 5
    【揺らぐ中国、攻めの高市】柯隆氏「台湾騒動は高市…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 8
    「前を閉めてくれ...」F1観戦モデルの「超密着コーデ…
  • 9
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 5
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 6
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 7
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の…
  • 8
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 9
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 10
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story