コラム

「ボストンを変えた」交響楽団に音楽監督として乗り込んだ小澤征爾が打ち破った上流社会の伝統

2024年02月28日(水)18時20分

240305p23_CCM_03.jpg

修業時代の1960年、ブラジル人指揮者のエレアザール・デ・カルバーリョ(右)が見守るなか、リハーサルでタングルウッド音楽センターのオーケストラを指揮 PHOTOGRAPH BY HEINZ WEISSENSTEIN/WHITESTONE PHOTO, COURTESY OF THE BSO ARCHIVES

小澤がボストン交響楽団との初公演でベルリオーズの「ファウストの劫罰(ごうばつ)」(過去最高の名演とも評される)を振るため、73年9月にやって来た当時のボストンは、まさに堅苦しい伝統に凝り固まった街だった。

小澤は席を立つマダムたちがボストン交響楽団の財政的なパトロンであることなど気にも留めなかった。

タキシードの代わりにタートルネックのセーターを着て、ビーズのネックレスを着けた彼は、控えめに言っても不遜な「慣習の破壊者」に見えた。

ボストンと上流社会の長年の伝統を打ち破る新世代の一員。髪はボサボサで、無頓着で放埓、かつ大胆な独立不覊(ふき)の男という印象を与えた。

「上流階級の街」ボストンに新風

240305p23_CCM_04.jpg

ボストン交響楽団の音楽監督就任10周年の記念公演を控えたリハーサル(82年) BETTMANN/GETTY IMAGES

指揮台に立った小澤は雄弁な身ぶりで聴衆を引き付けた。

クラシック音楽を全く知らない人でさえ、その指揮ぶりには魅了され楽しくなる。

世界的なチェロ奏者のヨーヨー・マは、後に「ジェスチャーで音楽を表現できる磁力」を持つと評した。

大げさなまでの身ぶりの指揮はシンフォニー・ホールに新風を吹き込んだ。

彼は明らかにボストンのお高く止まった上流階級の一員ではなかった。

もちろん、この街を変えたのは小澤だけではない。

当時、近郊のハーバード大学ではベトナム戦争に抗議する学生たちがキャンパスを占拠していたし、市内では毎夏のように人種暴動が起き、街の一部が炎に包まれた。

当時の若者、つまり46~64年生まれのベビーブーム世代はあらゆる慣習に異議を唱え、公民権運動やフェミニズム運動の旗を振った。

そして大企業の経営陣や大学当局、さらには音楽の殿堂の守り手たちまで、あらゆる権威にノーを突き付けた。

ボストン交響楽団は古いボストンの一部、高尚な趣味と富の要塞の仲介役であり、妙な潔癖さに凝り固まって面白みのない存在になっていた。

そこに飛び込んで来たのが外国人、それもアジア人の小澤だ。

彼は傲慢にも西欧文明の伝統的かつ保守的な音楽の殿堂を率いるというのだ。

それは前代未聞の事態だった。

プロフィール

グレン・カール

GLENN CARLE 元CIA諜報員。約20年間にわたり世界各地での諜報・工作活動に関わり、後に米国家情報会議情報分析次官として米政府のテロ分析責任者を務めた

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米1月雇用統計、政府閉鎖で発表延期 12月雇用動態

ワールド

ゼレンスキー氏「エネ・インフラへの新たな攻撃なし」

ワールド

伊五輪の米選手施設「ICEハウス」が改名、移民当局

ワールド

ベネズエラ産原油、1月に輸出が急回復 米の「封鎖」
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプの帝国
特集:トランプの帝国
2026年2月10日号(2/ 3発売)

南北アメリカの完全支配を狙うトランプの戦略は中国を利し、世界の経済勢力図を完全に塗り替える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「出禁」も覚悟? ディズニーランドで緊急停止した乗り物から「勝手に退出」する客の映像にSNS批判殺到
  • 2
    高市首相の発言は正しかった...「対中圧力」と「揺れるアメリカ」に向き合う「日本の戦略」とは?
  • 3
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から脱却する道筋
  • 4
    中国政府に転んだ「反逆のアーティスト」艾未未の正体
  • 5
    関節が弱ると人生も鈍る...健康長寿は「自重筋トレ」…
  • 6
    エプスタイン文書追加公開...ラトニック商務長官、ケ…
  • 7
    世界初、太陽光だけで走る完全自己充電バイク...イタ…
  • 8
    【銘柄】「古河機械金属」の株価が上昇中...中国のレ…
  • 9
    共和党の牙城が崩れた? テキサス州で民主党が数十…
  • 10
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「…
  • 1
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 2
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界でも過去最大規模
  • 3
    180万トンの「リチウムごみ」を資源に...EV電池の「副産物」で建設業界のあの問題を解決
  • 4
    日本への威圧を強める中国...「レアアース依存」から…
  • 5
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 6
    一人っ子政策後も止まらない人口減少...中国少子化は…
  • 7
    スペースXの宇宙飛行士の帰還が健康問題で前倒しに..…
  • 8
    ロシア軍の前線で「弾よけ」にされるアフリカ人...兵…
  • 9
    町長を「バズーカで攻撃」フィリピンで暗殺未遂、大…
  • 10
    秋田県は生徒の学力が全国トップクラスなのに、1キロ…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?【2025年の話題クイズ5選】
  • 2
    【クイズ】致死率50~75%...インドで感染拡大「ニパウイルス」の感染源となる動物は?
  • 3
    中国製防空レーダーは米軍のベネズエラ攻撃に屈した──台湾高官が分析
  • 4
    セーターが消えた冬 ── 暖かさの主戦場が「インナー」…
  • 5
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?【202…
  • 6
    海上自衛隊が水中無人機(UUV)を導入 中国の海軍拡…
  • 7
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 8
    防衛省が「新SSM」の映像を公開、ノルウェー・コング…
  • 9
    中国で大規模な金鉱脈の発見が相次ぐ...埋蔵量は世界…
  • 10
    【クイズ】韓国を抜いて1位に...世界で最も「出生率…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story