コラム

昆虫界でも「イクメン」はモテる! アピールのために「赤の他人の卵」の世話すらいとわず

2025年05月17日(土)10時50分

コオイムシの最大の特徴は、漢字表記の「子負虫」が示すように、メスがオスの背部に卵を産み、産み付けられたオスが卵を保護(子育て)しながら生活する習性を持つことです。コオイムシのオスは卵を産み付けられると飛ぶことができなくなり、敵に捕まる可能性が高まってしまいます。しかも、メスは子育てには全く協力してくれません。それにもかかわらず、卵が孵化するまでの間、オス単独でせっせと育児を行います。

近縁種のタガメもオスが子育てすることが知られていますが、あくまで稲などに産み付けられた卵塊を乾燥や外敵から守る役割です。タガメと比べると、コオイムシのオスの「イクメン」ぶりは、非常に献身的に見えます。

生物界における「父育」のリスク

生物は、子の生存率を高めて自らの遺伝情報を次世代につなぐために様々な戦略を取っています。なかでも「親による子育て」は、外敵から守ったり栄養を与えたりするのに有効な手段です。哺乳類ではメスによる子育てが一般的ですが、鳥類や魚類、一部の昆虫類、両生類などではオスが単独で子育てを行う「父育(Paternal care)」という行動も見られます。

一方、子育ては親にとって大きな負担となります。子のための余剰な餌を採取する必要があったり、子がいるために自分が外敵から逃げ遅れるリスクが高まったりするからです。そのため、生物界でオスが育児に参加する場合は「本当に自分の子である」という確信を持てる状況でのみ行われているという考えがこれまでの定説でした。

例えば、過酷な南極に住むコウテイペンギンは一夫一妻制で、交尾後に1つだけ卵を授かります。出産を終えて体力回復のために餌の魚を求めて海に向かうメスに代わって、オスはメスが戻って来るまでの約2カ月間、必死に卵を温めます。

タツノオトシゴは、オスの体内の育児嚢にメスが産卵し、育児嚢内で受精します。出産もオスの仕事ですが、タツノオトシゴのオスは100%自分が父親である子を育てており「托卵(他のオスの子を育てさせられている)」の心配はありません。

「モテるための条件」としての子育て

ところが、最近は「オスは自分の子だという確信が必ずしも高くなくても、イクメンアピール自体にメリットがある」可能性が報告されるようになってきました。たとえば、クモのような8本足を持つザトウムシの1種には、「オスが卵を保護しているという状況」自体が、メスから交配相手として選ばれやすくなる条件になっているという報告もあります。このような生物では、「モテるための条件」を満たすために、赤の他人の子(自分の子ではない卵)の世話をする可能性があるかもしれません。

プロフィール

茜 灯里

作家・科学ジャーナリスト。青山学院大学客員准教授。博士(理学)・獣医師。東京大学理学部地球惑星物理学科、同農学部獣医学専修卒業、東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻博士課程修了。朝日新聞記者、大学教員などを経て第24回日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞。小説に『馬疫』(2021 年、光文社)、ノンフィクションに『地球にじいろ図鑑』(2023年、化学同人)、ニューズウィーク日本版ウェブの本連載をまとめた『ビジネス教養としての最新科学トピックス』(2023年、集英社インターナショナル)がある。分担執筆に『ニュートリノ』(2003 年、東京大学出版会)、『科学ジャーナリストの手法』(2007 年、化学同人)、『AIとSF2』(2024年、早川書房)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏銀行、資金調達の市場依存が危機時にリスク=

ビジネス

欧州の銀行、前例のないリスクに備えを ECB警告

ビジネス

ブラジル、仮想通貨の国際決済に課税検討=関係筋

ビジネス

投資家がリスク選好強める、現金は「売りシグナル」点
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 3
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国か
  • 4
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 5
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 9
    山本由伸が変えた「常識」──メジャーを揺るがせた235…
  • 10
    南京事件を描いた映画「南京写真館」を皮肉るスラン…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 9
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 10
    「中国人が10軒前後の豪邸所有」...理想の高級住宅地…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story