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England Swings!

ラッシャー貴子|イギリス

セーターが虫に食われた! 英国での虫よけに学ぶ

 夫もモス被害はやはり初めてだったのだけれど、「ぼくの服は処分するかクリーニングに出すから大丈夫」と妙にのんびり構えていた。洋服に興味がないので、総入れ替えしてもいいくらいの勢いだ。そもそも最初の時点で彼は、「ぼくのセーターの被害は1枚だけだから、ぼく側のクローゼットは掃除しなくていいよね」とのたまったのだった。だめです、クローゼットは中で全部つながってるんだから。今でこそ家の中で靴を脱ぐ夫も、やっぱり衛生観念が違うなあと感じる。

 洋服はわかったけど、掃除もずいぶんあるんだよ、と話すと、「何かできることがあったら言って」と言いながら、今度はジグゾーパズルをやっていた。その余裕は何なのだ。あなたの家のことですよ。結局その後の力仕事はほとんど夫がやってくれたので、動くのが嫌だったわけではないらしい。謎だ。

モス - 2.jpeg

着物の小物。実は着物が好きで、こちらでも正装は着物で通してきた。結構な数が手元にあるのだけど、ということは帯も襦袢も小物もある。すべてを広げて、たたんでしまうだけでも気が遠くなる作業量だった。ちなみにわたしの着物類はすべて無傷で、今のところ着物が被害にあったという話も聞いたことがない。異国の絹より毛の方がモスのお口に合うのかな。筆者撮影

 夫はのんき過ぎたとしても、わたしもあわて過ぎたかもしれない。ひと段落してみると、いちばん苦しかったのは他のこともしながら苦手な片付けを急ぐというプレッシャーであって、モス対策自体はただ作業に時間が取られただけだったと思う。それにしても我ながらあんなに動揺していたら、駆除も掃除もずいぶん効率が悪かったんだろうな。

 反省モードに入り始めたころ、英国人の友人がこんなことを言った。「穴の開いたセーターを着続けるのも手よね。だって高価な天然素材を着てるってことなんだから。胸を張っていいわよ」彼女は真顔だった。ポジティブというか、エキセントリックというか、わが道を行くというか、なかなか英国らしい発想だ。

 虫食いのセーターを着続ける人はこの国にもそうはいないだろうけれど、(ファッションではなく)擦り切れて穴が開きそうな(または開いている)ジャケットやズボンやボロボロのかばんは何度も見ている。日本だと恥ずかしいと思いがちな洋服の穴も、こだわるポイントが他にあるなら、大した問題ではないのかもしれない。

 さらにこんな写真もSNSで見かけた。

セレブの写真を投稿しているfacebookのアカウント2 Ronniesの投稿より、英国人俳優コリン・ファースの写真。実直なお人柄だと勝手に思っているコリンは、わたしの王子様だ。1980年撮影ということは、初めての映画『モーリス』に出演する前の20歳の頃の写真のようだ。

 映画『ブリジット・ジョーンズの日記』や『英国王のスピーチ』に出演して今や英国を代表する俳優のひとりになったコリン・ファース。若き日のコリンの写真をよく見ると、セーターに! 穴が! 開いている!

 穴の開いたセーターを着て堂々としている彼を見て、一気に体の力が抜けた。こんなセーターを着ていても、やっぱりコリンはすてきだ。いや、こんなセーターだからこそ、愛おしい(ファンなので!)。まあ、いいか、虫食いなんて気にしないくらい気楽に構えていいんだな、この国では。

 少し考えて、わたしは大きく穴の開いたお気に入りのセーターをしばらくとっておくことにした。自分が嬉しければ、家の中で着るくらいいいんじゃないかと思って。もちろん冷凍庫で寝かせて、念のためスチーマーも当ててしっかり殺虫した。いい方法を思いついたらかわいく繕ってみるのもいいな。

 そんなゆるい気持ちでいたら、またモス騒動が持ち上がった時にも、もしかして今回の夫のように余裕を持っていられる......かもしれない。

 

Profile

著者プロフィール
ラッシャー貴子

ロンドン在住15年目の英語翻訳者、英国旅行ライター。共訳書『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』、訳書『Why on Earth アイスランド縦断記』、翻訳協力『アメリカの大学生が学んでいる伝え方の教科書』、『英語はもっとイディオムで話そう』など。違う文化や人の暮らしに興味あり。世界中から人が集まるコスモポリタンなロンドンの風景や出会った人たち、英国らしさ、日本人として考えることなどを綴ります。

ブログ:ロンドン 2人暮らし

Twitter:@lonlonsmile

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