最新記事
英王室

「首相を殺しても逮捕されない」イギリス王室を守る鉄壁の「免責特権」とは?

Above the Law?

2026年2月24日(火)16時02分
フランチェスカ・ジャクソン (ランカスター大学ロースクール博士課程学生)
2022年9月の故エリザベス女王の葬儀で、公務から外れていたために軍服を着用できなかったアンドルー元王子

22年9月の故エリザベス女王の葬儀で、公務から外れたアンドルーは軍服を着用できなかった USA TODAY NETWORKーREUTERS

<「ピューリタン革命ぶり」の逮捕に衝撃が広がるが、これまでも英王室メンバーは「免責特権」に守られてきた──>

チャールズ英国王の弟であるアンドルー元王子が公務中の不正行為の疑いで逮捕され、事情聴取後に釈放された件は大きな衝撃を巻き起こした。

【写真】スカート姿の女性を並べて...性虐待疑惑のアンドリュー元王子の「おぞましい」スキャンダル写真

警察は捜査の詳細を明らかにしていないが、米政府が1月末に公開したいわゆるエプスタイン文書を基に容疑を固めたようだ。アンドルーは英政府の貿易特使を務めていた時期に、実業家のジェフリー・エプスタインに自国の機密情報を与えた疑いが持たれている。エプスタインは未成年者に対する性的虐待などで有罪となった人物だ。


今回の逮捕は性的暴行など性犯罪の容疑によるものではない。

アンドルーは以前にも性的虐待のかどでエプスタインの少女買春の被害者に訴えられたが、2022年に和解している(和解金額は非公表で、アンドルー側は法的責任を認めていない。被害者のバージニア・ジェフリーは昨年4月に自殺した)。

エプスタイン文書に名前があっても、その人が罪を犯したとは限らない。これまでアンドルーはエプスタイン絡みでの違法行為を全て否認し、貿易特使の職務を自身の利益のために利用したことは一切ないと主張している。

エプスタイン文書に含まれていた、女性に覆いかぶさるアンドルーの写真

エプスタイン文書に入っていた写真 THE US DEPARTMENT OF JUSTICEーSIPA USAーREUTERS

アンドルーは2001年に当時のトニー・ブレア政権の要請を受けて、貿易特使に就任した。無報酬の公務だが、在任中は盛んに外遊を重ねた。

英政府が王室メンバーを貿易振興のために外国に送り出すことは珍しくない。外国、特にイギリスと同じ立憲君主制の国との交渉では、王族など高位の人物を送り込めば話がまとまりやすい。

実際、ブレア政権は相手国の「王族や元首、閣僚や企業トップと直接交渉を行う」にはアンドルーの「特別な地位」が大いに役立つと期待していた。

アンドルーは2011年にエプスタインとの関係が報道されると貿易特使の任務を退いた。エプスタインが有罪を言い渡されたのは2008年だ。

王室メンバーには免責特権はないのだろうか。君主は「主権免責」(国家は原則として他国の裁判所に服さないという国際法の理念)で守られ、刑事・民事を問わず何らかの法的責任を問われることは一切ない。

19世紀のイギリスの憲法学者、アルバート・ダイシーは君主は「首相の頭を銃弾で撃ち抜いても」起訴されることはないと断言した。王位継承権第1位のプリンス・オブ・ウェールズの称号を持つ人(現在はウィリアム皇太子)もいくつかの違法行為に対し免責特権を持つ。

ピューリタン革命以来

1978年に制定されたイギリスの法律「国家免責法」は国家元首の免責特権を認め、元首の「家庭を構成する家族のメンバー」もその対象となると定めている。しかしこの規定は狭く解釈され、一般的には元首の子供には適用されないと考えられているようだ。

例えばエリザベス2世の娘であるアン王女はウィンザー・グレート・パークで飼い犬が公園内にいた人にかみついた事案で法的責任を問われ起訴された(逮捕は免れた)。

そうはいっても、王室メンバーは法的には一般人と異なる扱いをされると思われがちだ。2016年にはまだ王子だったアンドルーがウィンザー・グレート・パークのゲートに車をぶつけたことをメディアがすっぱ抜き、反王室団体がテームズ・バレー警察に抗議した。

ゲートが損傷したにもかかわらず、警察がアンドルーを取り調べなかったからだ。2019年には故エディンバラ公フィリップ殿下が車の事故を起こし、2人が負傷したが、王立検察庁は起訴を見送った。

君主はまた、法廷に証拠を提出する義務も免除される。ダイアナ妃の宝石を盗んだ容疑で起訴された元執事の裁判で、検察側は故エリザベス2世に証拠提出を求めることを断念せざるを得なかった。

アンドルーの逮捕を受けて、チャールズは「今後は......全面的で公正かつ適正な手続きを踏んで捜査が進むだろう。これに対して......私たちは心からの支援と協力を惜しまない」との声明を出した。

2月19日、事情聴取後に警察車両で送られる英アンドルー元王子

2月19日、事情聴取後に警察車両で送られるアンドルー PHIL NOBLEーREUTERS

それにしても前回、英王室のメンバーが逮捕されたのははるか昔、ピューリタン革命の時代のことだ。クロムウェル率いる議会派に敗れたチャールズ1世は反逆者として捕らえられ、1649年に処刑された。

アン王女をはじめ、スピード違反など車の運転に関連して処罰を受けた王室メンバーは何人かいるが、現代においては王家の血を引きながら逮捕された者はアンドルーが初めてだ。とはいえ、忘れてはならないのは、彼はもはや王室メンバーではないこと。

2025年10月、エプスタインとの関係がより細かく詮索されるようになった時期に、兄のチャールズ国王の決断で全ての称号を剝奪された。

古風な原則は通用せず

主権免責はまた、警察が犯罪捜査のために王家の私有地に許可なく立ち入ることを禁じている。これにより、理論的には王室メンバーは逮捕も起訴もされないことになる。

2017年に制定された「文化財(武力紛争)法」も、盗まれるか略奪された美術品を探すために警察が王家の私有地に入ることを禁じている。

2007年にイングランド東部サンドリンガムの保護区で保護鳥のハイイロチュウヒが2羽銃で撃たれた。ノーフォーク警察は管理当局に区域内に入る許可をもらわねばならず、その間に鳥の死骸は片付けられてしまった。警察はヘンリー王子に事情聴取をしたが立件はしなかった。

ほかにも同様の事案があり、サンドリンガムは「野生生物保護違反の温床」と言われるようになった。2003〜23年に少なくとも18件、野生生物保護違反の事案が報告されたが、起訴されたのは1件だけだ。

長年の法的な慣例には君主の面前もしくは王宮の敷地内では何人も逮捕されない、というものもある。この決まりでは国王以外の王室メンバーも王室に雇われた人々も免責特権を享受できることになる。

とはいえ、アンドルー元王子の逮捕劇を見る限り、古風な原則は今の時代には通用しないようだ。

【関連記事】
■【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」?...アンドルー王子「身分剥奪」で見えた「夫妻の危機」
■見えないと思った? ウィリアム皇太子夫妻、「車内の愛情表現」の瞬間が「偶然」目撃されてしまう
■王子の手を尻に誘導? メーガン妃が公開した、ヘンリー王子とのダンス動画が「やらせ」「嘘っぽい」と物議

The Conversation

Francesca Jackson, PhD candidate, Lancaster Law School, Lancaster University

This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.


ニューズウィーク日本版 台湾有事の新シナリオ
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2026年4月21号(4月14日発売)は「台湾有事の新シナリオ」特集。米・イラン戦争で変わる地域紛争の「大前提」/石油危機を恐れるべき理由

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


日本企業
スパイス企業の新戦略...エスビー食品が挑む「食のアップサイクル」とは?
あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

原油は年末までに90ドル下回る、BofAの投資家調

ビジネス

世界の石油需給、イラン戦争受け昨年比で減少見通し=

ビジネス

中国財政省、国債引受業者と16日会合 超長期特別債

ビジネス

韓国国民年金基金、外為ヘッジ比率引き上げ ウォン下
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:台湾有事の新シナリオ
特集:台湾有事の新シナリオ
2026年4月21日号(4/14発売)

地域紛争の「大前提」を変えた米・イラン戦争が台湾侵攻の展開に及ぼす影響をシミュレーション

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本は「イノベーションのやり方」を忘れた...ホンダ「EV撤退」が示す、日本が失った力の正体
  • 2
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国防軍は崩壊寸前」
  • 3
    【銘柄】イラン情勢で「任天堂」が急落 不確実な相場で人気の優良株から売られる落とし穴
  • 4
    「いい加減にして...」ケンダル・ジェンナーの「目の…
  • 5
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 6
    トランプがまた暴走?「イラン海上封鎖」の勝算
  • 7
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 8
    高さ330メートルの絶景と恐怖 「世界一高い屋外エレ…
  • 9
    「仕事ができる人」になる、ただ1つの条件...「頑張…
  • 10
    目のやり場に困る...元アイスホッケー女性選手の「密…
  • 1
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文章」...歴史を塗り替えかねない、その内容とは?
  • 2
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収される...潜水艦の重要ルートで一体何をしていた?
  • 3
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 4
    韓国、生理用品無償支給を7月から開始 靴の中敷きで…
  • 5
    「南東部と東部の前線で480平方キロ奪還」とウクライ…
  • 6
    停戦合意後もレバノン猛攻を続けるイスラエル、「国…
  • 7
    「地獄を見る」のは米国か──イラン地上侵攻なら革命…
  • 8
    撃墜された米国機から財布やID回収か、イラン側が拡…
  • 9
    ポケモンで遊ぶと脳に「専用の領域」ができる? ポ…
  • 10
    中国がイラン戦争一時停戦の裏で大笑い...一時停戦に…
  • 1
    温暖化で増えた? サンマやサケ減少の裏で激増する「安価で栄養価の高い魚」の正体
  • 2
    米特殊部隊、米空軍兵士救出「大成功」に残る多くの疑問
  • 3
    「根底にあるのは怒り」...日本の「3Dプリンター住宅」企業が救う、ウクライナの未来
  • 4
    古代のパピルスから新たに見つかった「2500年前の文…
  • 5
    「ノーと言えるスペイン」の背景に国防意識...次期ス…
  • 6
    バリ島沖の要衝で「中国製水中ドローン」が回収され…
  • 7
    キャサリン皇太子妃、ナイジェリア大統領夫妻出迎え…
  • 8
    数時間以内に死に至ることも...若者の間で集団感染が…
  • 9
    メーガン妃、娘リリベット王女との「お手伝い姿」公…
  • 10
    第6回大会を終えて曲がり角に来たWBC
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中