最新記事

研究

丸山眞男研究の新たな動向

2020年9月9日(水)17時10分
苅部 直(東京大学法学部教授)※アステイオン92より転載

Nutthaseth Vanchaichana-iStock.

<資料のコピーや構想メモから校正刷りまで、物を捨てない性格だった丸山眞男。そのことが丸山眞男研究をこれからも発展させ続ける可能性を持つ>

『リベラリストの肖像』(二〇〇六年)を刊行し、サントリー学芸賞を頂いてから、早くも十四年がたった。この旧著は、原則としてすでに公刊されている丸山の著作・講義録と対談・座談会、そして自筆の手稿や書簡を翻刻した本を資料に用いてまとめたものである。

しかし、書いていたときにはそれだけを参考にしたわけではない。丸山眞男の旧蔵書と、自宅に遺された草稿・ノート・メモの類は、すべて東京女子大学に寄贈され、丸山眞男記念比較思想研究センターの丸山眞男文庫が整理・保存にあたっている。現在ではその多くが公開され、ウェブサイトから簡単に閲覧できるものも少なくない。その整理を手伝うのと並行しながら執筆していたので、未公開の資料を引用することは避けたものの、そのとき見た資料から多くの手がかりを得ながらまとめた本ではあった。

したがって、丸山眞男文庫の資料公開が進んだ暁には、未刊行資料をふんだんに使いながら、新しい目で眺めた評伝が書き直されるべきだ。そう思いながら執筆を進めた本である。

それから十四年のあいだ、一方ではあいかわらず、丸山の公刊著作の一部を読んだだけで、その「敗北」や「憂鬱」を雄弁に語ってしまうような本も世に出ている。しかし他方で、ウェブ上で閲覧できる資料データベースの公開が進み、年報である『丸山眞男記念比較思想研究センター報告』(これもウェブ閲覧可能)には、毎号、未発表の講義草稿や書簡の翻刻が載っている。また書籍としても、『丸山眞男講義録』(東京大学出版会)の別冊が二巻刊行されて、一九五〇年代の講義原稿を簡単に読めるようになった。著作集である『丸山眞男集』についても、年譜を収めた『別巻』の新訂増補版が出て、活字になっていない資料の翻刻から成る『丸山眞男集 別集』全五巻の刊行も進んでいる。

このように、丸山眞男の思想と生涯を検討するにあたって、その基本材料となる資料の量が、この十四年間で大幅に増えている。そのわりには、新しい公開資料・公刊資料を用いた研究書がこれまでほとんどなかったが、二〇一九年にはそうした新たな知見を盛り込んだ重要な研究書が二点、刊行された。西村稔『丸山眞男の教養思想ーー学問と政治のはざまで』(名古屋大学出版会)と、清水靖久『丸山真男と戦後民主主義』(北海道大学出版会)である。

【関連記事】高校新科目「歴史総合」をめぐって

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、チェイニー元副大統領の追悼式に招待され

ビジネス

クックFRB理事、資産価格急落リスクを指摘 連鎖悪

ビジネス

米クリーブランド連銀総裁、インフレ高止まりに注視 

ワールド

ウクライナ、米国の和平案を受領 トランプ氏と近く協
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 4
    ロシアはすでに戦争準備段階――ポーランド軍トップが…
  • 5
    アメリカの雇用低迷と景気の関係が変化した可能性
  • 6
    幻の古代都市「7つの峡谷の町」...草原の遺跡から見…
  • 7
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 8
    【クイズ】中国からの融資を「最も多く」受けている…
  • 9
    EUがロシアの凍結資産を使わない理由――ウクライナ勝…
  • 10
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 4
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中