最新記事

シリア事情

イスラーム国の敗北と、トランプがゴラン高原「イスラエルに主権」に署名した関係

2019年3月26日(火)12時30分
青山弘之(東京外国語大学教授)

25日、ホワイトハウスでゴラン高原に対するイスラエルの主権を認定する宣言に署名したトランプ米大統領 REUTERS/Carlos Barria

<トランプ大統領は、イスラーム国の敗北と同時期に、ゴラン高原に対するイスラエルの主権を認定する宣言に署名した。その背景を考える......>

ドナルド・トランプ米大統領は3月21日、ツイッターで「米国がゴラン高原に対するイスラエルの主権を完全に承認する時が来た」と綴った。そして25日、この言葉を実行に移すかたちで、訪米中のイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相立ち会いのもと、イスラエルの主権を認める大統領令に署名した。


化学兵器使用疑惑を根拠とした2度にわたるミサイル攻撃、駐留米軍撤退宣言(そしてその撤回)に続くこの「サプライズ」は、シリアにおいてどのような効果があるのだろう?

「もっとも安全な紛争地」だったゴラン高原

イスラエル北東部に接するシリア領ゴラン高原は、標高約600メートル、面積約1,800平方キロメートルで、雨量も多く、古くから肥沃な地域として知られてきた。イスラエル領を見下ろすことができる同地は戦略的要衝でもあり、シリア・イスラエル両軍が度々戦火を交えてきた。

イスラエルは1967年の第3次中東戦争でこの地を占領し、1981年に一方的に併合を宣言した。イスラエルが占領地のなかで併合したのは、東エルサレムとこのゴラン高原だけだ。国連安保理決議第242号、第338号、第429号は占領地からの撤退を求めているが、イスラエルは言うまでなく応じていない。

第4次中東戦争が勃発した1974年、国連安保理決議第350号に基づき、ゴラン高原には兵力引き離し地域(AOS)が設置され、国連兵力引き離し監視軍(UNDOF)が展開した。これ以降、ゴラン高原は「もっとも安全な紛争地」などと称され、日本もUNDOFに自衛隊を派遣(1996~2013年)した。

2011年にシリア内戦が起きると、ヌスラ戦線(現在の呼称はシャーム解放機構)やイスラーム国を含む反体制派は、ゴラン高原を背にしてシリア軍に対峙した。イスラエルは、武器兵站供与やシリア軍への越境攻撃を通じて、反体制派を陰に陽に支援した。だが、シリア政府は2018年7月までにAOS全域から反体制派を排除、8月にはロシア軍に護衛されたUNDOFが監視活動を再開し、今日に至っている。

map0326.jpg

シリア内戦下の混乱を経て原状回復したゴラン高原だったが、「もっとも安全な紛争地」ではなくなった。シリア政府の優位が確実となるなか、反体制派との戦いを勝ち抜いた「イランの部隊」の存在がイスラエルにとって脅威となったからだ。「イランの部隊」とは、シリア政府側が同盟部隊と呼ぶ武装勢力で、イラン・イスラーム革命防衛隊、レバノンのヒズブッラーなどを指す。

「イランの部隊」とイスラエルは、2018年に入ると挑発と報復を激化させた。「イランの部隊」は、ゴラン高原に対する無人航空機での威力偵察(2月)、ロケット弾攻撃(5月)を敢行、イスラエルは「イランの部隊」の拠点とされる拠点への爆撃・ミサイル攻撃を繰り返した。

これにはロシアも手をこまねいた。ロシアは、ゴラン高原に面するシリア南西部から「イランの部隊」を撤退させるべく外交努力を重ねる一方、シリア軍にS-300長距離地対空ミサイルを供与し、兵力引き離しを試みた。だが、一触即発の状態は続いた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と「ディ

ビジネス

ムーディーズ、フランスの見通し「ネガティブ」に修正

ワールド

米国、コロンビア大統領に制裁 麻薬対策せずと非難

ワールド

再送-タイのシリキット王太后が93歳で死去、王室に
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 6
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 7
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中