最新記事

北朝鮮

北朝鮮の工作員は「神戸ビーフ」の使い方が上手

2018年12月11日(火)15時30分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

「神戸ビーフ」が手ごろな値段で入手できる、と言って藤本氏から住所を聞き出した工作員 kuri2000/iStock.

<故金正日総書記の専属料理人だった藤本健二氏の住所を割り出した北朝鮮の工作員は、「神戸牛を送る」と言って情報を得た>

主要メディアの報道によれば、千葉県警は今年6月、成田空港で他人名義のクレジットカードを使用し化粧品を大量購入したとして、詐欺の疑いで、北朝鮮の工作員とみられる朝鮮籍の男性(65・埼玉県在住)を書類送検していたという。

報道によると、この男性は2012年、北朝鮮の故金正日総書記の専属料理人だった藤本健二氏(仮名)に対し、金正恩党委員長のメッセージを伝えていたことも判明。藤本氏による2012年と16年の計3回の訪朝について、自ら同行するなど関与したことを認めた上で、「本国の指示を受けた」と県警に説明しているという。

さらに、この男性は藤本氏と接触し、訪朝を促す金正恩氏のメッセージを伝える際、大阪府警に摘発された別の工作員が収集した藤本氏に関する情報を利用したとみられるという。

筆者は、千葉県警が書類送検した男性についてはよく知らない。しかし大阪府警に逮捕された「別の工作員」については、デイリーNKジャパンでも報道している。男性は直撃インタビューに対し、北朝鮮の「エージェント」として活動していたことは認めつつも、コテコテの関西弁で「オレは自分がスパイだなんて認めてへんし、違法な工作活動に手を染めていたわけではないんやで」と語り、工作員と呼ばれることに反発しているのだが。

しかし、この関西出身のエージェントが、北朝鮮にとって非常に優秀な人材であったのは確かのようだ。前述した「別の工作員が収集した藤本氏に関する情報」というのは、ズバリ言って藤本氏の居所のことだ。

藤本氏は北朝鮮といったん袂をわかち、金王朝の内幕についてメディアで証言するようになってからは、北朝鮮当局に自分の居場所を悟られぬよう慎重に行動していた。その居場所を割り出したのが、件のエージェントなのだ。

情報当局の関係者によれば、エージェントはそれをする際、こんな手を使ったという。あるとき、藤本氏が某所で講演を行った際、エージェントは聴衆として参加。講演後、藤本氏に近づいて北朝鮮情勢についてもっと教えてほしいと頼み、藤本氏は快く応じた。エージェントは丁寧に礼を述べ、次のように持ち掛けた。

「親切に教えてくださってありがとうございます。私はブランド牛の『神戸ビーフ』を手ごろな値段で購入できるので、ささやかなお礼として藤本さんに贈りたい。ついては、送り先の住所を教えていただけませんか」

なかなかスマートなやり方である。このエージェントはほかにも、日本の学者やジャーナリストとの人脈を作り、日本の大物政治家とのパイプ作りも目指していた。別件で大阪府警に逮捕されなければ、成功していたのではないだろうか。

参考記事:北朝鮮工作員が「コテコテの関西弁」で語った政治家の名前

ときどき思うのは、日本人拉致や破壊工作を狙っているのならともかく、言論の自由に則って合法的に活動する北朝鮮のエージェントを、必ず摘発しなければならないのか、ということだ。もちろん監視は必要だが、別件での逮捕要件が揃ったからといって条件反射的に逮捕し、「大物工作員を捕まえた」と宣伝する外事警察のやり方は、どうも薄っぺらいように思える。

実際、そのようなやり方が慢性化したせいで、外事警察の対北情報戦能力はむしろ低下したのと指摘もある。

参考記事:【対北情報戦の内幕】総連捜査の深層...警察はなぜ公安調査庁に負けたのか

メディアの側も警察発表に「乗るだけ」にならないよう、慎重な報道が求められる部分だ。

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)など。近著に『脱北者が明かす北朝鮮』(宝島社)。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バングラ総選挙、来年2月に前倒しの可能性 ユヌス首

ビジネス

ユーロ高大きく懸念せず、インフレ下振れリスク限定的

ワールド

G7、ロシアに圧力強化必要 中東衝突は交渉で解決を

ワールド

米ミネソタ州議員銃撃、容疑者逮捕 標的リストに知事
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 7
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中