最新記事

メディア

『新潮45』休刊の背景──貧すれば鈍する名門雑誌の最期

2018年9月28日(金)16時00分
古谷経衡(文筆家)

雑誌不況、と言われて久しい。今回の『新潮45』の休刊を、単に「生きるか、死ぬか」の切迫した状況で生まれた悲劇、と断じてしまっていいのだろうか。これは苦戦する雑誌媒体のみならず、断末魔へと向かう他業種の業界全体の業界人にも、我が事としてとらえなければならない問題と言える。正に己が死に向かうそのとき、それまで営々と先人が気づきあげてきたポリシーや崇高な理念をかなぐり捨ててでも、「売り上げ」を優先してしまうという心境が、『新潮45』だけに固有のものであったとは、誰が言い切れるのだろうか。

想像して欲しい。母屋に火が付き、もう消火は出来ない段階だと誰しもが分かっている絶望的な状況下でも、それでも会社員として戦わなければならないとき、人はあらゆる手段で、わらをも掴む姿勢であらゆるモノにしがみつく筈だ。

結果それが死を意味すると分かっていても、現実の数字がその死を眼前に突きつけられたとしたら、皆さんは平常心を保っていけるだろうか。単に「暴走」「炎上」では済まされない、「窮鼠、遺産を食いちぎる」という最後の抵抗の段階に、少なくとも雑誌業界全般が入っていることは、我が国文化の衰退と同義で有り、決して他人事では無いのである。

またひとつ村が死んだ

宮崎駿原作の『風の谷のナウシカ』の中で、軍事的に追い詰められた土塊(ドルク)軍が、敵(トルメキア)に対抗する最期の手段として、自国が腐海の毒で汚染されることを知りながら、細菌兵器(突然変異体)を使う究極の焦土戦術を展開するシークエンスがある。

『新潮45』の最期は、この「勝利(もはや勝利ですら無く延命なのだが)のためには国土が没することも厭わない」という、悲壮な土塊軍の戦術を私に想起させてならないのだ。『新潮45』が、言論界の村だったとしよう。さすれば今次の休刊で「またひとつ村が死んだ」(ユパ)と絶望せざるを得ない。本当に絶望しか無いのである。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

furuya-profile.jpg[執筆者]
古谷経衡(ふるやつねひら)文筆家。1982年北海道生まれ。立命館大文学部卒。日本ペンクラブ正会員、NPO法人江東映像文化振興事業団理事長。著書に「日本を蝕む『極論』の正体」 (新潮新書)の他、「草食系のための対米自立論」(小学館)、「ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか」(コアマガジン)、「左翼も右翼もウソばかり」(新潮社)、「ネット右翼の終わり」(晶文社)、「戦後イデオロギーは日本人を幸せにしたか」(イーストプレス)など多数。最新刊に初の長編小説「愛国奴」、「女政治家の通信簿 (小学館新書)

20240611issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年6月11日号(6月4日発売)は「ウクライナの日本人」特集。義勇兵、ボランティア、長期の在住者……銃弾が飛び交う異国に日本人が滞在し続ける理由

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

中国、5月の政策銀行向け融資残高3カ月連続で減少 

ワールド

ヒズボラ、イスラエルにドローン編隊を発射

ワールド

ロシア動員兵の妻らが早期帰還求め集会、国防省前 逮

ワールド

ハリス米副大統領、ウクライナ和平会議に出席へ=ホワ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナの日本人
特集:ウクライナの日本人
2024年6月11日号(6/ 4発売)

義勇兵、ボランティア、長期の在住者......。銃弾が飛び交う異国に彼らが滞在し続ける理由

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃の「マタニティ姿」が美しすぎる...オフィシャル写真初公開

  • 3

    「サルミアッキ」猫の秘密...遺伝子変異が生んだ新たな毛柄

  • 4

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「…

  • 5

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 6

    中国海外留学生「借金踏み倒し=愛国活動」のありえ…

  • 7

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 8

    「娘を見て!」「ひどい母親」 ケリー・ピケ、自分の…

  • 9

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 10

    ヘンリー王子とメーガン妃の「ナイジェリア旅行」...…

  • 1

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 2

    キャサリン妃「お気に入りブランド」廃業の衝撃...「肖像画ドレス」で歴史に名を刻んだ、プリンセス御用達

  • 3

    中国海軍「ドローン専用空母」が革命的すぎる...ゲームチェンジャーに?

  • 4

    ハイマースに次ぐウクライナ軍の強い味方、長射程で…

  • 5

    仕事量も給料も減らさない「週4勤務」移行、アメリカ…

  • 6

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 7

    都知事選の候補者は東京の2つの課題から逃げるな

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    「自閉症をポジティブに語ろう」の風潮はつらい...母…

  • 10

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「回避」してロシア黒海艦隊に突撃する緊迫の瞬間

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 10

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中