最新記事

シリア情勢

エルサレム首都宣言以降、イスラエルがシリアへの越境攻撃を控えるようになった理由とは

2017年12月21日(木)19時45分
青山弘之(東京外国語大学教授)

シリア政府側も沈黙しなかった。イスラエル軍の先制攻撃に対しては、シリア軍の地上部隊だけでなく、防空部隊も応戦した。真偽は定かでないが、2017年3月のタドムル市(ヒムス県)近郊に対する爆撃に際して、シリア軍は対空兵器を用いて迎撃し、イスラエル軍戦闘機1機を撃墜したと発表した。同年9月のダマスカス国際空港(ダマスカス郊外県)近郊に対する爆撃でも、親政権サイトがイスラエル軍無人航空機を撃破したと発表、その映像を公開した。同様の迎撃は、同年10月のダマスカス郊外県ラマダーン地区に対するミサイル攻撃、11月のヒムス県ハスヤー町工業地帯に対する爆撃、12月のキスワ市近郊に対する爆撃でも行われた。

イスラエルがイスラーム国を狙うことはない

では、シリア内戦下で繰り返されるイスラエルの越境攻撃は何を狙っているのか? イスラーム国が日本人2人を殺害する事件が発生した2015年初め、「イスラーム国は日本政府の親イスラエル政策に刺激を受けて犯行に及んだ」といった識者コメントが散見されたことは記憶に新しい。その論拠は、イスラーム国(あるいはイスラーム教徒)が反イスラエルだから、というものだった。

この見方に従うと、イスラエルは、シリアで跋扈するイスラーム国、あるいはシャーム解放委員会(旧シャームの民のヌスラ戦線)に代表されるアル=カーイダ系組織の弱体化を狙っていると想像できるかもしれない。

だが、イスラエルがイスラーム国やアル=カーイダ系組織を狙うことはない。イスラエルが彼らに対して行った唯一の攻撃は、2016年6月のダルアー県西部のシャジャラ町に対する爆撃だが、その標的は、イスラーム国に忠誠を誓うハーリド・ブン・ワリード軍がシリア軍から捕獲した旧ソ連製の自走式地対空ミサイル・システム2K12(SA-6)だった。

それ以外の越境攻撃のうち、クナイトラ県やダマスカス郊外県南西のヘルモン山麓地帯に対するものは、いずれもシャーム解放委員会が主導する反体制派と交戦するシリア軍、シリア人および外国人からなる民兵の陣地や装備を狙っていた。そのなかには、イスラエル側が主張する通り、占領下ゴラン高原に対するシリア軍の攻撃(流れ弾の着弾)に対する報復もあった。だが、こうした主張にもかかわらず、イスラエルの越境攻撃は、アル=カーイダ系組織を支援しているとの非難を免れなかった。

イスラエルは、ゴラン高原一帯でのシリア軍との戦闘で負傷した「自由シリア軍」兵士を自国内の病院に搬送し、治療を行うなどの「人道的」対応を行っていると主張する。しかし、同地の地図を見ると、イスラエルとシリアの間には、イスラーム国、シャーム解放委員会が主導する反体制派がバッファーのように勢力を保持している。イスラエルは、シリア領内の「真の脅威」に対峙するために、イスラーム国やアル=カーイダ系組織を「人間の盾」とし、彼らもイスラエルに「安心」して背を向けてシリア軍と戦っていると見ることもできる。

map2017_12.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ISM製造業景気指数、4月48.7 関税の影響で

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任へ=関係筋

ビジネス

物言う株主サード・ポイント、USスチール株保有 日

ビジネス

マクドナルド、世界の四半期既存店売上高が予想外の減
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中