最新記事

難民

【写真特集】軍事用カメラが捉えた難民のむき出しの生命

2017年4月10日(月)18時30分
Photographs by RICHARD MOSSE

大型車両にすずなりになっているのは、アフリカ各国からサハラ砂漠を越えて北を目指す難民たち

<軍事監視用の赤外線サーマルカメラで、国を追われて過酷な旅を強いられる難民たちのむき出しの「生」を捉えた>

世界は今、第二次大戦以降で最大の難民危機の真っただ中にある。内戦から、迫害から、気候変動から逃れた何百万もの人々が、住む場所を追われ、過酷な旅を強いられている。

その姿を斬新な機材で記録したのが写真家リチャード・モス。熱放射で30.3キロ先の人体を感知できる軍事監視用の赤外線サーマルカメラを使っている。

最初にカメラを設置したのは、トルコ南東部キリス近郊の高台。地平線の先にはシリア北部の要衝アレッポが横たわる。肉眼では、立ち上る煙が見えるのみ。だがカメラを通すと全く違う世界が広がった。炎に包まれた建物、身を潜める兵士......。

モスはこのカメラで、ヨーロッパを目指す難民・移民がたどる2つの主要なルートを捉えた。

1つはシリアやイラク、アフガニスタンからトルコを通過し、エーゲ海を渡ってバルカン半島からドイツなどの豊かな国に向かう東のルート。もう1つはアフリカ各国から北を目指すルートだ。ギリシャのレスボス島、フランスの北部港町カレー、サハラ砂漠などが撮影地となった。

【参考記事】難民をコンテナに収容するハンガリー

軍事用のこのカメラは、国境を越える場合には武器輸出の許可が必要で、移動も容易ではない。そのうえ重量は23キロにもなり、シャッターもレンズのフォーカスリングもダイヤルもない。撮影は困難を極めた。

レンズに映し出されたのは、非情なまでに美的な世界だ。モノクロの色調は輝き、人間の肌はその奥にある血流や体熱によってムラになる。「このカメラはある種の審美的暴力を備えている」と、モスは言う。

「対象から人間性を剥ぎ取り、人々を恐ろしいゾンビのように見せる。体から個性を奪い、人間を単なる生物学的な痕跡として描く」

それは、難民の大量流入に怯え、彼らを拒絶する欧米社会の視線にも共通するかもしれない。

撮影中、モスは忘れられない場面に出くわした。真夜中のサハラ砂漠でのこと。旅の途上の難民男性が、トラックから外に降り立った。暗闇の向こうにあるカメラなど気付きもせず、彼は用を足し、ボトルの水でイスラムの信仰に従って身を清めると祈り始めた(文章後、1枚目の写真)。その顔には歓喜が浮かび、過酷な旅の恐怖も苦痛も、自我までも消え去っていくかに見えた。

生体の痕跡を無情に捉えた軍事用カメラは、国を追われた人々のむき出しの生を、見る者に突き付けてくる。

ppcamera02.jpg

ニジェール北部のサハラ砂漠でトラックから降り立った難民の男性は身を清め、祈り始めた


ppcamera03.jpg

テロ組織ISIS(自称イスラム国)の掃討作戦でペルシャ湾に派遣された米空母セオドア・ルーズベルトの甲板

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米中貿易枠組み合意、軍事用レアアース問題が未解決=

ワールド

独仏英、イランに核開発巡る協議を提案 中東の緊張緩

ワールド

イスラエルとイランの応酬続く、トランプ氏「紛争終結

ワールド

英、中東に戦闘機を移動 地域の安全保障支援へ=スタ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 2
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 3
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生きる力」が生んだ「現代医学の奇跡」とは?
  • 4
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 5
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 6
    構想40年「コッポラの暴走」と話題沸騰...映画『メガ…
  • 7
    逃げて!背後に写り込む「捕食者の目」...可愛いウサ…
  • 8
    「結婚は人生の終着点」...欧米にも広がる非婚化の波…
  • 9
    4年間SNSをやめて気づいた「心を失う人」と「回復で…
  • 10
    メーガン妃の「下品なダンス」炎上で「王室イメージ…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 7
    ふわふわの「白カビ」に覆われたイチゴを食べても、…
  • 8
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 9
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 10
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 1
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 2
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中