最新記事

アメリカ政治

トランプ乱発「大統領令」とは? 日本人が知らない基礎知識

2017年2月2日(木)15時20分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

Kevin Lamarque-REUTERS

<入国禁止、国境の壁建設、TPP離脱などニュースでよく聞く「大統領令」だが、どんな根拠と歴史があり、どの程度の効力を持つのか。無効にする方法はあるのか>

これほど「大統領令」という言葉を目にする機会があっただろうか。

オバマケア(医療保険制度改革)の見直し、メキシコ国境の壁の建設、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱、そして何と言っても、中東・アフリカ7カ国からの渡航者の入国禁止......。

ドナルド・トランプが1月20日の米大統領就任後、矢継ぎ早に署名してきた数々の大統領令は、トランプ時代の始まりを強く印象付けた。実際、署名後すぐさま効力を持つため、全米(ならびに世界各地)の空港で出入国管理の混乱を招き、各地で反対のデモが起こっていることは報じられているとおりだ。

【参考記事】トランプの人種差別政策が日本に向けられる日

いかにも強力な"武器"に思えるが、そもそも大統領令とは何か? どのような根拠があり、どの程度の効力を持つのだろうか。

大統領令の法的根拠とは?

大統領令とは、行政府の長である大統領が連邦政府機関(軍を含む)に対して発する命令のこと。米政府・政治の資料サイトThisNation.comによれば、大統領令を出す権限の根拠は合衆国憲法第2章第1条の「執行権」にある。第2章第3条には、大統領は「法律が忠実に執行されることに留意」すべしとの文言も。ただし、権限の範囲が憲法で明確に定められているわけではない。

どれだけ効力があるのか?

大統領令に議会の承認は必要ないが、議会が成立させる法律とほぼ同等の効力を持つ。むしろ法律のように時間がかからないため、大統領がすぐに政策を実行できる便利な手段といえる。

議会が通した法案を拒否できる「大統領拒否権」と並んで、大統領の強力な"武器"であることは確かだろう。

ただし、前述の「法的根拠」にあるように、命令は連邦政府機関に対するもので、その効力は連邦政府内に留まるとされる。

また、入国禁止の大統領令はすぐさま実行に移されたが、例えばメキシコ国境の壁は誰の負担でどのように建設するのか。予算案を議会が承認しないことには実現しないだろう。

本誌ワシントン支局のエミリー・カディはこう書く。「大統領令そのものが新政権の主要な政策を前進させる見込みはほとんどない。そもそも、具体的な政策というより、メッセージを発信して新政権の方向性を示すものだという見方もある」(本誌2017年2月7日号「政治ショーと化した大統領令狂騒曲」より)

歴史上これだけの乱発は珍しい?

ThisNation.comによれば、初代大統領のジョージ・ワシントン以来、すべての大統領が大統領令を活用してきた。1862年のリンカーンによる「奴隷解放宣言」(これも大統領令だった)から通し番号が振られており、現在までに1万3000を超えている。

ルーズベルトは第2次大戦中、日系人の強制収容を可能にする大統領令を出した。アイゼンハワーは公民権運動の高まりの中で、学校内での人種差別を阻止する大統領令を出した。ブッシュは9.11テロを受け、テロ組織が国内に持つ資産を凍結する大統領令を出した。歴史上、重要な大統領令はいくつもあった。

バラク・オバマ前大統領も2014年には、共和党が下院で多数を占める状況で政策を推し進めるべく、大統領令を活用する方針を一般教書演説で明らかにしていた。

数を見てもトランプだけが乱発しているわけではないが、選挙戦を経てアメリカ社会が分断している状況下で、賛否両論のある公約を実現すべく次々と出しており、それが今回、大統領令が目立っている一因だろう。

【参考記事】トランプを追い出す4つの選択肢──弾劾や軍事クーデターもあり

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

黒海でロシアのタンカーに無人機攻撃、ウクライナは関

ビジネス

ブラックロック、AI投資で米長期国債に弱気 日本国

ビジネス

OECD、今年の主要国成長見通し上方修正 AI投資

ビジネス

ユーロ圏消費者物価、11月は前年比+2.2%加速 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本時代劇の挑戦
特集:日本時代劇の挑戦
2025年12月 9日号(12/ 2発売)

『七人の侍』『座頭市』『SHOGUN』......世界が愛した名作とメイド・イン・ジャパンの新時代劇『イクサガミ』の大志

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    大気質指数200超え!テヘランのスモッグは「殺人レベル」、最悪の環境危機の原因とは?
  • 2
    トランプ支持率がさらに低迷、保守地盤でも民主党が猛追
  • 3
    海底ケーブルを守れ──NATOが導入する新型水中ドローン「グレイシャーク」とは
  • 4
    若者から中高年まで ── 韓国を襲う「自殺の連鎖」が止…
  • 5
    もう無茶苦茶...トランプ政権下で行われた「シャーロ…
  • 6
    【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階…
  • 7
    「世界一幸せな国」フィンランドの今...ノキアの携帯…
  • 8
    22歳女教師、13歳の生徒に「わいせつコンテンツ」送…
  • 9
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙す…
  • 10
    人生の忙しさの9割はムダ...ひろゆきが語る「休む勇…
  • 1
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで墜落事故、浮き彫りになるインド空軍の課題
  • 2
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファール勢ぞろい ウクライナ空軍は戦闘機の「見本市」状態
  • 3
    7歳の息子に何が? 学校で描いた「自画像」が奇妙すぎた...「心配すべき?」と母親がネットで相談
  • 4
    100年以上宇宙最大の謎だった「ダークマター」の正体…
  • 5
    【クイズ】次のうち、マウスウォッシュと同じ効果の…
  • 6
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 7
    128人死亡、200人以上行方不明...香港最悪の火災現場…
  • 8
    【寝耳に水】ヘンリー王子&メーガン妃が「大焦り」…
  • 9
    【銘柄】関電工、きんでんが上昇トレンド一直線...業…
  • 10
    子どもより高齢者を優遇する政府...世代間格差は5倍…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 4
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」は…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中