最新記事

北朝鮮

水害被災者「ドロボー軍隊が怖くて」避難できず

2016年9月14日(水)16時36分
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト) ※デイリーNKジャパンより転載

KCNA-REUTERS

<台風による大雨で深刻な被害が生じた北朝鮮の咸鏡北道。避難命令に従わない人が多く被害が拡大したが、その理由は、警戒や災害復旧に動員された兵士に家財道具を盗まれることを恐れたからだった> (写真は昨年、洪水被害に遭った羅先を視察する金正恩氏)

 台風10号(ライオンロック)による大雨で、中国の吉林省延辺朝鮮族自治州と、北朝鮮の咸鏡北道に深刻な被害が発生している。看過できないのは、北朝鮮ではこうした災害や大規模事故が起きるたび、庶民が国家の失政のツケを払わされることだ。

(参考記事:死者数百人の事故が多発する北朝鮮の「阿鼻叫喚列車」

 道内北部では、先月の26日から大雨が降り始めた。中でも、会寧(フェリョン)、穏城(オンソン)、茂山(ムサン)など豆満江の流域には1時間に100ミリを超える大雨が降った。増水した川から水が溢れたり、堤防が崩れたりして、町は水に飲み込まれた。

 地方当局は、住民に対して避難命令を出したが、避難しなかった人が多く、被害が拡大してしまった。

 咸鏡北道(ハムギョンブクト)のデイリーNK内部情報筋によると、多くの人々が避難しなかった理由は、警戒や災害復旧に動員された朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の兵士に、家財道具を盗まれることを恐れたからだ。

 昨年、羅先(ラソン)で大洪水が発生した際に、動員された多くの兵士が、被害を受けた家からテレビやDVDプレイヤーなど金目の物を片っ端から盗んでいった。そのことを知っている住民たちは、財産のことが気になって逃げられず、気付いた時には水位が上がって逃げられない状況になってしまっていたという。

 幸い、水位は下がったものの、兵士たちは案の定、避難して無人となった家に乗り込み、せっせと家財道具を盗みだしているという。中には、最初から盗み目的で、金がありそうな家の人を選び「避難せよ」と声をかけたケースすらあったという。

 問題はそれだけにとどまらない。

 豆満江流域の各都市には、災難救助隊もいなければ、救助設備もない。そのため、何かあれば中国の人民解放軍に救助を要請するのだ。このような状況は災害時だけではない。緊急患者が発生すれば、中国の税関を通じて医薬品を手に入れてもらうなど、普段から中国に頼りきっている。

 穏城の中洲に取り残された北朝鮮の住民3人が中国軍に救出されたが、住民たちは「中国軍でなければ3人は流されて、死んでいただろう」「外国の軍隊より役に立たない朝鮮人民軍」「大雨より恐ろしい人民軍」「出動させない方がまだマシ」などと批判しているという。

(参考記事:北朝鮮「大規模イベント」の裏に隠された悲劇...食糧「消滅」で人肉事件も

[筆者]
高英起(デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト)
北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ――中朝国境滞在記』(新潮社)、『金正恩 核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)、『北朝鮮ポップスの世界』(共著、花伝社)がある。

※当記事は「デイリーNKジャパン」からの転載記事です。
dailynklogo150.jpg

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ

ワールド

米上院議員が戦争権限決議案、トランプ氏のイラン軍事

ビジネス

NTTドコモ、 CARTAHDにTOB 親会社の電
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 9
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 10
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 5
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 9
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中