最新記事

ジェンダー

「ターフ/TERF」とは何か?...その不快な響きと排他性の歴史

Material Girls

2024年09月26日(木)15時00分
キャスリン・ストック(元イギリス・サセックス大学教授)

この用語はもともとマルクス主義に由来するもので、抑圧された人びとは、自分自身の視点と自分を抑圧する者の視点という2つの視点や立場つまり「スタンドポイント」を同時に洞察できるのに対し、抑圧者は1つの視点(自分自身のそれ)しか持つことができないという考え方をいう。

労働者は資本家のルールと世界観に従うので、資本家の立場を洞察することができる。それに加えて、労働者は、自分たちが社会的に置かれている立場について、資本家にはない深い知識をも持っている。


 

この考え方は、フェミニズム、批判的人種理論、トランス運動など、いくつかの社会運動で採用されている。

トランス活動家によって展開されたスタンドポイント認識論によれば、トランスの経験についての立場に基づく知識には、シス[編集部注:生まれ持った性別と性自認が一致している人]ではなくトランスの人びとだけが得られる特別な形態があるという。

たとえば、トランスの人びとだけが「シス特権」の悪質な影響や、それがほかの形態の抑圧とどのように交差し、ある種の生活体験を生み出すかを正しく理解することができるとされる。

いくつかのフェミニズムや批判的人種理論のバージョンでも起きたことだが、大衆文化を通じて変容することで、この考え方はただちに次のようなものになった――ジェンダーアイデンティティに関する哲学的な問題を含め、トランスの人びとの性質や利益について正当に何かを語ることができるのはトランスの人だけだ。

フェミニストやレズビアンも含めて、シスの人がここで貢献できることは何もない。自分たちにも何か貢献できることがあるというシスの思い込みは、自分たちの不相応な特権のさらなる表れである。

トランスの哲学者であるヴェロニカ・アイヴィーの言葉を借りれば、ターフを含む「シスの連中」は、「座って黙っている」だけでいいというわけだ。


キャスリン・ストック(Kathleen Stock)
1972 年生まれ。元イギリス・サセックス大学教授。オクスフォード大学で哲学の学士号を、セント・アンドリュース大学で修士号、リーズ大学で博士号を取得。専門は、美学、フィクションの哲学。特にジェンダーと性別(セックス)に焦点を当てた研究が注目を集めている。ジェンダーと性別の複雑な問題に対する哲学的研究は、フェミニズムとジェンダー理論の分野で重要な貢献をしている。著書に『Only Imagine: Fiction, Interpretation and Imagination』(OUP, 2017)など。


newsweekjp_20240924123512.png

 『マテリアル・ガールズ:フェミニズムにとって現実はなぜ重要か
 キャスリン・ストック[著]
 中里見博[訳]/千田有紀[解説]
 慶應義塾大学出版会[刊]


(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア、イラン・イスラエル仲介用意 ウラン保管も=

ワールド

イラン核施設、新たな被害なし IAEA事務局長が報

ビジネス

インド貿易赤字、5月は縮小 輸入が減少

ワールド

イラン、NPT脱退法案を国会で準備中 決定はまだ
あわせて読みたい

RANKING

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    「SNSで話題の足裏パッドで毒素は除去されない」と専…

  • 3

    なぜメーガン妃の靴は「ぶかぶか」なのか?...理由は…

  • 4

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 5

    アメリカ日本食ブームの立役者、ロッキー青木の財産…

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 3

    「SNSで話題の足裏パッドで毒素は除去されない」と専…

  • 4

    なぜメーガン妃の靴は「ぶかぶか」なのか?...理由は…

  • 5

    ホルモンを整える「ヘルシーな食べ物」とは?...専門…

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    「SNSで話題の足裏パッドで毒素は除去されない」と専…

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    人肉食の被害者になる寸前に脱出した少年、14年ぶり…

  • 5

    メーガン・マークル、今度は「抱っこの仕方」に総ツ…

MAGAZINE

LATEST ISSUE

特集:非婚化する世界

特集:非婚化する世界

2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?