最新記事

映画

ロックンロールの帝王を捨てた女性の物語、映画『プリシラ』が描くエルヴィスへの愛と別れ

Living With Elvis

2024年04月16日(火)13時00分
サム・アダムス

スピーニー演じるプリシラ

スピーニー演じるプリシラは14歳でエルヴィスと出会い、高校生で同棲 ©THE APARTMENT S.R.L ALL RIGHTS RESERVED 2023

始まりを予感させる結末

回想録でプリシラは、アルバムの選曲に意見を求められたときの顚末を語った。

マネジャーのトム・パーカーやレコード会社が送ってくる候補曲をいくつ聞いてもピンとこず、エルヴィスはいら立ちを募らせていた。

ようやく気に入った1曲を、プリシラが「キャッチーさ」が足りないと批評。エルヴィスは激高し椅子を投げ付けた。彼女は椅子をよけたが、上に積んであったレコードが顔を直撃した。エルヴィスは謝ったものの、プリシラは彼が感情の揺れを人を操る道具にしていることに気付いた。『ザ・シンガー』もこの一件を取り上げたが、焦点はエルヴィスのいら立ちに当てられた。彼が椅子を投げるのではなくフロアランプを床に倒すと、プリシラが駆けより「我慢しちゃだめ。吐き出して」と慰めるのだ。

コッポラは暴力を原作よりもトーンダウンさせ、プリシラはけがをしない。それでもこの場面はエルヴィスの感情よりプリシラの身体的なもろさを前面に出し、椅子が壁にぶつかる瞬間、彼はスクリーンに映ってさえいない。

攻撃はかわすのが一番だと、プリシラは悟る。妊娠中にいきなり別居を提案されても逆上せず、「いつまでに出ていけばいい?」と尋ねて席を立つ。するとエルヴィスは、慌てて彼女を引き留める。

1977年にエルヴィスが死去してからプリシラは50年近く生きてきたが、映画は彼の死と共に終わるのが常だ。

だが『プリシラ』は彼女が夫を捨てた時点で、幕を閉じる。プリシラが離婚を切り出し立ち去る場面を最後に、エルヴィスは登場しない。

プリシラは独りで荷物をまとめ、車を運転してグレースランドから出ていく。物語の終わりだけでなく、始まりを予感させるシーンだ。

ラーマンと同様、コッポラは破局をドリー・パートンの代表曲「オールウェイズ・ラブ・ユー」に託した。これはエルヴィスがカバーしたがったが、著作権の半分をよこせというパーカーの法外な要求をパートンが拒んだために実現しなかった因縁の曲だ。『エルヴィス』では最後の別れ際に、彼がサビの歌詞「永遠に君を愛す」をささやく。『プリシラ』では愛だけでなく別れを誓うくだりも流れる。プリシラがグレースランドを去るシーンで、パートンは歌う。「ほろ苦い思い出だけを持って、私は出ていく」と。

プリシラは自分のために独りになることを選んだ。エルヴィスへの愛は永遠でも。

PRISCILLA
『プリシラ』
監督/ソフィア・コッポラ
主演/ケイリー・スピーニー、ジェイコブ・エロルディ
日本公開は4月12日

©2024 The Slate Group

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

プーチン氏、ウ和平交渉で立場見直し示唆 トランプ氏

ワールド

ロ、ウ軍のプーチン氏公邸攻撃試みを非難 ゼレンスキ

ワールド

中国のデジタル人民元、26年から利子付きに 国営放

ビジネス

米中古住宅仮契約指数、11月は3.3%上昇 約3年
あわせて読みたい

RANKING

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    アジア系男性は「恋愛の序列の最下層」──リアルもオ…

  • 3

    女性の胎内で育てる必要はなくなる? ロボットが胚…

  • 4

    アメリカ日本食ブームの立役者、ロッキー青木の財産…

  • 5

    2100年に人間の姿はこうなる? 3Dイメージが公開

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    女性の胎内で育てる必要はなくなる? ロボットが胚…

  • 3

    アジア系男性は「恋愛の序列の最下層」──リアルもオ…

  • 4

    2100年に人間の姿はこうなる? 3Dイメージが公開

  • 5

    アメリカ日本食ブームの立役者、ロッキー青木の財産…

  • 1

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 2

    「恐ろしい」...キャサリン妃のウェディングドレスに…

  • 3

    女性の胎内で育てる必要はなくなる? ロボットが胚…

  • 4

    2100年に人間の姿はこうなる? 3Dイメージが公開

  • 5

    アメリカ日本食ブームの立役者、ロッキー青木の財産…

MAGAZINE

LATEST ISSUE

特集:ISSUES 2026

特集:ISSUES 2026

2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン