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漂流する伝説の俳優、笈田ヨシ ── 人間の営みを見つめ表現する

2023年05月17日(水)19時44分
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)
笈田ヨシ氏

活動の拠点であるパリでインタビューに答える笈田ヨシ氏 撮影=Sumiyo IDA (Photographer)

<世界的に活躍する伝説的な演劇界の名優が創作の秘密について語る──>

国際的に活躍している演出家・俳優の笈田ヨシ氏は、演劇界のレジェンドだ。演劇関係者や演劇ファンで、笈田氏のことを知らない人はいないだろう。パリでは、笈田氏が出演した映画『WASABI』(日仏合作、2001年公開)を見たと若いフランス人たちに声をかけられるといい、日本の映画俳優として笈田氏を知っている人も多い。

笈田氏は、時おり日本のテレビや映画や舞台にも出演し、名演出や名俳優ぶりを日本でも披露してくれる。2021年末は舞台『Le Tambour de soie 綾の鼓』(あやのつづみ、2020年秋フランス初演、演出・振付・出演:伊藤郁女、笈田ヨシ)を、今年2月は新作現代オペラ『note to a friend』(演出担当)を上演し、大きな話題を集めた。コロナ禍後、久しぶりにパリを訪れた筆者に、笈田氏は芝居や人生観について語ってくれた(インタビュー後編はこちら)。

──コロナ禍は、フランスではロックダウンが3回もありました。1回目のロックダウン(2020年春)は全面的解除まで3カ月間でしたね。どう過ごしていらっしゃいましたか?

1人で住んでいますから、孤独で、やはり最初は辛かったですね。でも、木がある(大きい植木が部屋にある)おかげで、生き物と一緒にいるということで、孤独から救われました。

反面、ロックダウンは、とっても有難く感じられました。若い時に演出家ピーター・ブルックの仕事(世界ツアー)で、イラン、西アフリカの国々(アルジェリア、ニジェール、ナイジェリア、マリ)、アメリカではメキシコの労働者やインディアンが住むところなど、3カ月ずついろいろ辛い旅をして大変だった半面、非常に学ぶことが多かったんですよね。旅をすることによって、人間は自分を発展させることができると思うので、旅、とくに苦難の旅は素晴らしい。でも、歳を取ると快適で便利な旅しかしなくなってしまって。松尾芭蕉は亡くなる前に長い辛い旅をして「おくの細道」を記しました。僕も、死ぬ前にもう1度、厳しい3カ月の旅を人生修行のようなものとしてやりたいと思っていたんです。だから、ロックダウンが3カ月の修行のようで、1人で過ごすことによって学ぶことが多かったです。

世阿弥の言葉でロックダウンを乗り越える

もう1つよかったことは、感情に左右されない、非常にクールな自分でいることができた点です。長年、役者をやっているので、舞台の上で泣いたり笑ったりして役にのめり込む自分、《主観的な存在》と、うまく悲しめたとかもう少し抑えた方がいいんじゃないかと役者として冷静に判断している自分を眺める自分、《客観的な存在》という二重性の感覚を身に着けています。したがって、マスクをしたり手を洗ったり、人と会わないようにして苦しんでいる自分を客観的にも見ることができて、コロナというホラー映画か恐怖の芝居を眺めている気分でした。

──自分を客観的に眺めるというのは、難しそうですが。

能楽師の世阿弥が600年前、『花鏡』(能の理論書)に「離見の見(りけんのけん)」という言葉を書いています。自分が舞う姿を客観視することが必要だという意味です。僕の能楽の先生に「離見の見」を学びなさいと言われて、でも、演じる時は感情移入してしまって、なかなか難しかった。ただ不思議なもので、演技に慣れてくると自分のことが見えてきて、できるようになるんですね。役者を始めた頃、自分が出演した映画やテレビ番組を見て、思っていた以上に下手くそで悔しくて恥じ入っていたのですが、経験を積むと、作品を見て、ああ自分はこう演じていたんだってわかってくるんです。

それで、「離見の見」というのは一体どこにあるのか、当然、お客さんの側にあると思っていたんです。ところが、自分の頭の斜め後ろにあるんですよ。そこから自分の演技を見ているわけです。聖人の絵や像には頭の後ろにオーラがついていますね。でも聖人でなくても、人間はみんなオーラを持っています。人間は、肉体(主観的な存在)とともに、もう1つの存在をオーラとして持っていると思うんです。

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