最新記事

アート

漂流する伝説の俳優、笈田ヨシ ── 人間の営みを見つめ表現する

2023年05月17日(水)19時44分
岩澤里美(スイス在住ジャーナリスト)

笈田ヨシ氏

撮影=Sumiyo IDA (Photographer)

創作とは「迷うこと」

──役者としてだけでなく、演出家のキャリアも長いです。演技のご指導はどう進めるのですか?

どう演技したらいいかというのは自分でもいまだにわからないので、教えることはないです。古典劇だと型があるから、その通りやってくださいと言えますが、新しいものを作るときには、方法論ができた途端に、もう創作じゃないわけですよね。クリエイトすることが、そこで止まってしまう。どこへ行くかわからないけれども、その場で何かやる。今日やったことは、その日限りのことかもしれないです。絶えず、とにかく何かやってみて、幸運にもうまくいったり、大失敗する場合もある。企業の経営も同じことではないでしょうか。人も社会状況も刻々と変わっていくわけですから、先輩たちが考えて順調だった経営方法は次への道ではない、絶えず、新しい道を作っていかないといけないと思います。

新しく作るというのは、終点が分かっているものじゃない。「迷うこと」、だと思うんですよね。伝統的な茶道とか、剣道のように師匠から教えられた究極の型というものがあって、その目的地に進んで行くのではなく、行ったり来たりの迷い道じゃないかと思うんですね。

作りたいものを観客に教わる

──公開稽古というのは、大事なのですか?

非常に重要なことだと思います。お客さんが入ってみないと、どんなものかわからないのです。つまり、確かこんな方向でいいんじゃないかなと思って進めていき、お客さんが入って見てくれて、その表情を見たり、横を向いてしまったのを見てそこが面白くないんだとわかり、また意見を聞いて作品の欠点を発見し、僕はこんなものが作りたかったのかなと初めて自覚するんです。

演出するときは、ここを目指すという明確なものは決めません。決めたって、稽古をしていると間違いだと思ってしまうのです。結局、人間の考えること、というより僕の考えていることは非常に浅はかで、くだらないから、偶然というか、天から何か降ってくるのを待つしかない。稽古中に役者が失敗したり、技術的に難しいことがあって何とか解決しなくてはならないと頭をひねったり。そうやって何か偶然が降ってきた時にいいものができるわけで、降って来なければ駄作なのです。ただし、何かが降ってきたとしても、今日、明日と、また少しずつ変えていかないといけないと思います。

──待っていると、必ず降ってくるものですか?

どうやったら天から何か降ってくるのかわからないから、必ず降ってくる方法があったら知りたいけれど。だから、祈るよりしようがないです(笑)

──2021年、静岡と横浜で日本初演した『Le Tambour de soie 綾の鼓』を、先日フランスで再演されました。能の演目「綾鼓」と三島由紀夫の『近代能楽集』の一作「綾の鼓」からインスピレーションを受けたのですよね。

能では、庭掃除番の老人が女御(にょうご)に恋をして、老人は身分の高いその女性になぶられ(からかわれ)ます。女性が老人に与えた偽物の鼓は何度打っても鳴らなくて、鳴ったら姿を見せると言った女性は現れない。老人は悲嘆して自殺した後、亡霊として現れ、女性をなじるのです。それを三島先生*が近代能楽集として書き換えたのが、もう70年前のことです。僕は現代能楽という意味で、アイデアを借りながら現代風に作りました。
*三島の作品:法律事務所の小間使の老人が洋装店の客の女性に恋をする。老人が打つ綾の鼓は鳴らず、老人は自殺する

掃除番の老人が、舞台でリハーサルをしているダンサーに恋をする物語にしました。現代では亡霊が出てくるのは信じがたいし馬鹿らしいから、ダンサーが老人をなぶったことによる罪悪感から、恋に絶望した老人の悪霊を想像として思い浮かべ、それに悩まされるというふうにしました(老人は死なない)。

食と健康
消費者も販売員も健康に...「安全で美味しい」冷凍食品を届け続けて半世紀、その歩みと「オンリーワンの強み」
あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アルゼンチン予算案、財政均衡に重点 選挙控え社会保

ワールド

タイ新首相、通貨高問題で緊急対応必要と表明

ワールド

米政権、コロンビアやベネズエラを麻薬対策失敗国に指

ワールド

政治の不安定が成長下押し、仏中銀 来年以降の成長予
あわせて読みたい

RANKING

  • 1

    「結婚に反対」だった?...カミラ夫人とエリザベス女…

  • 2

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 3

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 4

    話題の脂肪燃焼トレーニング「HIIT(ヒット)」は、心…

  • 5

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 1

    「高慢な態度に失望」...エリザベス女王とヘンリー王…

  • 2

    やはり「泣かせた」のはキャサリン妃でなく、メーガ…

  • 3

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 4

    「結婚に反対」だった?...カミラ夫人とエリザベス女…

  • 5

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 1

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 2

    女性の胎内で育てる必要はなくなる? ロボットが胚…

  • 3

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 4

    アメリカ日本食ブームの立役者、ロッキー青木の財産…

  • 5

    人肉食の被害者になる寸前に脱出した少年、14年ぶり…

MAGAZINE

LATEST ISSUE

特集:世界が尊敬する日本の小説36

特集:世界が尊敬する日本の小説36

2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは