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最も不安に駆られるのは大卒者 脳が不安に支配されるのはなぜ?

THE ANXIOUS BRAIN

2020年01月09日(木)18時05分
アダム・ピョーレ(ジャーナリスト)

「不調を訴えたり、カウンセリングやセラピーを受ける人はたいてい、恐怖刺激への反応でそういう状態になっているのではない」とデピューは言う。「彼らは予測できない出来事が起きるのではないかという予期に苦しめられている。それは想像でしかない出来事だが、そのせいで環境に対する慢性的で、状況とは不釣り合いな警戒状態が生まれてしまう。そうなるのは扁桃体よりもBNSTのせいではないかと私たちは考えている」

だが扁桃体とBNSTもパズルの一部にすぎないことも明らかになっている。近年、技術の進歩で脳の「回路」を以前よりも詳細に追跡することができるようになり、脳の離れた部位同士がどのようにつながっているかが分かってきたのだ。

11年以降、ソーク研究所のタイは遺伝子組み換え感光性タンパク質を使ってニューロンのスイッチを入れたり切ったりし、恐怖や不安に関係する脳の異なる部位のつながりを調べる研究を行っている。

こうした研究により、前頭前皮質や海馬、帯状回など脳のほかの部位も不安に関係していることを示す証拠が積み重なってきた。不安における扁桃体やBNSTの役割にばかり注目するのは、もはや時代遅れと言えなくもないようだ。扁桃体の重要性を明らかにしたとされるルドゥー自身も、それを認めるのにやぶさかではない。

ルドゥーは不安回路における高次構造の役割にもっと注目するよう訴えている。扁桃体とBNSTが「語り掛ける」脳の部位は何か──その解明は、より効果的な不安の治療法を発見する上で決定的に重要なカギとなる可能性があるという。

有効な治療法の開発はまだ先

実際、不安を真に理解するためには、神経科学に残された最も複雑な課題の1つ、つまり意識の本質を探求する必要があると、ルドゥーは考えている。

扁桃体とBNSTは脳内のホルモン分泌と防御行動を活性化することで人体の防御反応を起こすが、私たちの心、つまり脳の高次処理領域は私たちが経験していることに意味を与える。ある意味で「恐れ」や「不安」と呼ばれるものは、私たちの意識の表出にほかならない。

ルドゥーによれば、効果的な不安の治療法を確立するためには、ホルモン分泌と防御行動を引き出す「古い脳」と呼ばれる部分を超えて、自己認識をつくり出すプロセスの理解を深める必要がある。

私たちの心には不安の「設定値」があり、一生を通じてこの状態に復帰しようとする傾向が強い。これはある程度まで遺伝で決まっているが、人生経験によって変化する可能性もあると示唆する研究が増えている。

例えばバージニア・コモンウェルス大学の精神科医チャールズ・ガードナーらは11年の研究で、1万2000人の双子の長期研究データを分析し、彼らが人生のさまざまな段階で訴えた不安と抑鬱の症状を調べた。すると、10歳の一卵性双生児の設定値は互いに同じか非常に近かったが、思春期を経て大人になるにつれて急激に差が広がった。

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個人体験が不安の「設定値」に影響を及ぼすことが双子の研究で判明 HERO IMAGES/GETTY IMAGES

ルドゥーは、個人的な体験が設定値に影響を及ぼすと主張する。その要因の1つが「メンタル・スキーマ」だ。スキーマとは、ある問題にまつわる記憶の集合体を指し、恐れや不安を潜在的に誘発する環境に遭遇するたび、それが活性化する。

例えば、学校の試験に失敗するという「恐れ」の原因は過去の記憶にある。決してうまくいかないだろうと親に言われたとか、その試験は大変だと聞いていたとか、あるいは以前にも失敗したことがあるといった記憶だ。

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