最新記事
セキュリティ

「韓国のアマゾン」クーパン、国民の6割相当の大規模情報流出 ── 中国闇マーケットで大量販売

2025年12月8日(月)16時50分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

李在明大統領も激怒──調査団はわずか8人

李在明(イ・ジェミョン)大統領は事態の深刻さを受け、12月2日の国務会議で「5カ月間、会社が流出自体を把握できなかったことは実に驚くべきことだ」と述べ、「事故原因を速やかに究明し、厳重に責任を問わなければならない」と指示。海外の事例を参考に課徴金を強化し、懲罰的損害賠償制度を導入するよう命じた。

政府は11月30日、民官合同調査団を発足させたが、計8人で構成され、クーパン調査だけを専任する人員は民間専門家わずか1人のみ。残る政府関係者7人は全員、すでにKTやLGユープラスの個人情報流出事故調査業務と兼任している。過去のSKテレコム調査団23人、KT30人、LGユープラス12人と比べ、その4分の1の規模だ。

野党議員からは「3370万人の個人情報が流出した超大型事故に対し、わずか8人で調査団を編成し、しかも専任の政府人員が一人もいない。これは事実上『調査放棄』に近い」との批判が出ている。

業界全体に波及──ネイバー、カカオ、トスも緊急点検

クーパン事件を受け、韓国のプラットフォーム業界全体が緊急セキュリティ点検に入った。12月7日、IT業界筋によれば、ネイバー、カカオ、トスはクーパンの個人情報流出事故以降、セキュリティ点検を強化している。

カカオは内部セキュリティ対応プロセスを再点検し、実際の事故シナリオを基にした模擬訓練を拡大。潜在リスクを早期に識別できるようモニタリングを強化中だ。特にクーパン事件による2次被害防止のため、カカオトークのウォレットサービスを通じた被害を防ぐよう広告メッセージを送信している。

金融プラットフォーム・トスは定期的な模擬ハッキング、脆弱性点検、内部侵入シナリオを基にセキュリティを点検中。異常兆候検知と対応体制を24時間運営している。また情報セキュリティ関連の17職務で新規採用を進行するなど、セキュリティスタッフを拡充している。

ネイバーはコマースとショッピング部門でセキュリティ専任スタッフを配置し、サービス設計と運営段階で個人情報関連業務を遂行。セキュリティ脆弱性、サービス悪用領域にも資源を割り当てている。


デジタル時代の新たな脅威

韓国最大のEC企業であり、最先端のロジスティクスと顧客体験で知られたクーパン。その企業が、5カ月間にわたって情報流出に気づかず、政府の認証を取得しながらも4度目の個人情報流出を許した。そして今、流出したアカウントが中国のブラックマーケットで公然と販売されている。

特に深刻なのは、内部者による犯行の可能性と、流出した情報が国境を越えて組織的に取引されている実態だ。外部からのハッキングには対策を講じても、システムの内部構造を知り尽くした元社員による攻撃には無防備だった。そして一度流出した情報は、瞬く間に闇市場で商品化され、スパム送信や世論操作、さらには金融犯罪に悪用される可能性がある。

日本企業にとっても他人事ではない。越境ECが拡大し、企業のグローバル化が進むなか、各国の人材を採用する機会は増えている。だが退職時の情報管理、特に技術系社員のもつ認証権限の管理は、多くの企業で盲点になっている可能性がある。

韓国政府は今回、課徴金の大幅引き上げを検討している。過去最高額はSKテレコムのハッキング事故時の1374億9100万ウォン(約137億円)だが、今回はそれを上回る可能性が高い。イ・ジェミョン大統領が「パラダイムシフトレベルの新たなデジタルセキュリティ制度」の導入を指示したことは、韓国の個人情報保護体制そのものが転換点にあることを示している。

クーパンの事件は、デジタル時代における個人情報保護が、単なる技術的な問題ではなく、企業文化、法制度、国際的な法執行協力、そして社会全体で取り組むべき課題であることを浮き彫りにした。「韓国のアマゾン」の凋落から、私たちが学ぶべき教訓は多い。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、4.4万件増の23.6万件 季

ビジネス

中国経済運営は積極財政維持、中央経済工作会議 国内

ビジネス

スイス中銀、ゼロ金利を維持 米関税引き下げで経済見

ビジネス

EU理事会と欧州議会、外国直接投資の審査規則で暫定
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
特集:ジョン・レノン暗殺の真実
2025年12月16日号(12/ 9発売)

45年前、「20世紀のアイコン」に銃弾を浴びせた男が日本人ジャーナリストに刑務所で語った動機とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキャリアアップの道
  • 2
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア空軍の専門家。NATO軍のプロフェッショナルな対応と大違い
  • 3
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれなかった「ビートルズ」のメンバーは?
  • 4
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 5
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 6
    「何これ」「気持ち悪い」ソファの下で繁殖する「謎…
  • 7
    受け入れ難い和平案、迫られる軍備拡張──ウクライナ…
  • 8
    ピットブルが乳児を襲う現場を警官が目撃...犠牲にな…
  • 9
    「安全装置は全て破壊されていた...」監視役を失った…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 2
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価に与える影響と、サンリオ自社株買いの狙い
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 5
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
  • 6
    キャサリン妃を睨む「嫉妬の目」の主はメーガン妃...…
  • 7
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 8
    ホテルの部屋に残っていた「嫌すぎる行為」の証拠...…
  • 9
    【クイズ】アルコール依存症の人の割合が「最も高い…
  • 10
    仕事が捗る「充電の選び方」──Anker Primeの充電器、…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 4
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 7
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 8
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 9
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 10
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中