最新記事
能登半島地震

「輪島復興」に立ち上がる若者たちの声を聞け――過疎高齢化の奥能登で、人を動かし旗振り役を務める勇者たち

Seeds For the Recovery

2024年10月5日(土)18時20分
小暮聡子(本誌記者)

newsweekjp20241005084259-cd3164c2314ec53a392380706f29f3760c203320.jpg

町野町を盛り上げる山下祐介(9月13日、金蔵地区)TORU YAGUCHI FOR NEWSWEEK JAPAN

限界集落に移住した30代

輪島市には、ほかにも「わくわく」を原動力に復興への道筋を描き始めている地域がある。輪島市中心部から車で30分ほど、日本海に面した棚田が国指定文化財名勝に指定されている「白米千枚田」の先にある、人口1805人の輪島市町野町。

この町を盛り上げようと精力的に動いているのが、町の集落の1つ、50世帯強が点在する金蔵地区で米作りに従事する山下祐介(38)だ。

金沢出身の山下は8年前の16年に金蔵に移住し、米農家に転身した。転機が訪れたのは今から10年前。山下は幼い頃から年に4回、金蔵に住む祖父母の元を訪れ田植えや稲刈りを手伝っていたが、祖父が14年に入院し稲作を続けられなくなった。

「超高齢化の地域なので、誰かに田んぼをお願いしてもきっと10年後には難しくなる。地元でもおいしいと評判の金蔵の米と、自分が好きなこの景観がなくなってしまうのはもったいない」。当時、金沢大学法科大学院を出て司法試験の勉強をしていた山下はそう思い、ならば自分がやればいいと覚悟を決めた。

金蔵地区は、能登の里海里山と言われる日本の原風景が広がる一方で、住民はほぼ60歳以上という過疎高齢化の限界集落でもある。山下は移住後、周りの先輩たちの助けを借りつつ手探りで米を作り、米粉100%のベーグル専門店を開業したところに被災。自宅は半壊した。

町野町は一時、道路が寸断され多くの集落が孤立した。しかし山下は、「まだ水道なんてどこも来ていない、俺んち電気ついたぞと言う人がようやく出てきた2月頭」に、地域では若手とされる50代以下の仲間数人で「町野復興プロジェクト実行委員会(通称:町プロ)」を立ち上げた。

住民たちに思っていることを何でも書いてほしいというアンケートを配ったところ、聞こえてきたのは過疎高齢化への不安だった。

「若い人がいなくなるというのは地震前からさんざん言われていたが、地震が起きた瞬間に、本当にいなくなった感覚に陥った。危機が一気に顕在化した」と山下は言う。

発災直後は何も楽しいことがなく、娯楽もないし笑顔もない。1日でもいいから笑える日がないと駄目だと考えた山下たちは、4月に花見をする「桜フェス」を企画する。

場所と時間だけ決めて、地元の飲食店にも協力してもらって開催したところ、住民たちが次々集まり、「あんた久しぶり、あんたも久しぶりって感じで、すごく盛り上がった」。

山下は言う。「これからの復興を考えるときに、机に座って『町の将来を考える会』をやってもたいてい人は集まらない。じゃあ若い人が来たくなる町って何だろうって考えたら、わくわく楽しい町だった」

復興は、やってみながら考える。そう思い至った山下たちは、その後も立て続けにイベントを開催した。

炊き出しをバーベキューに変えて「肉フェス」をやれば高齢者含め延べ800人が集まり、映画館が存在しない奥能登で土曜夜に野外映画上映会を開催したら、映画を真面目に見ている人と、走り回る子供たちと、酒を酌み交わす年配層がいる、映画館にはない面白い空間が生まれた。

山下に言わせれば、「復興計画を作ることは必須ではない」。それは目標ではなく過程であるはずだ。「いろんなことを仕掛けて、みんなが楽しかったことや、こうしたほうが良かったという理想の積み重ねの先に、住みたい町のイメージが出来上がっていく」。

そうした復興の先に、どんな未来が待っているのか。それを示した例が、東日本大震災の被災地にある。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

FRB理事候補ミラン氏、政権からの利下げ圧力を否定

ワールド

ウクライナ安全保証、26カ国が部隊派遣確約 米国の

ビジネス

米ISM非製造業指数、8月は52.0に上昇 雇用は

ビジネス

米新規失業保険申請、予想以上に増加 労働市場の軟化
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:豪ワーホリ残酷物語
特集:豪ワーホリ残酷物語
2025年9月 9日号(9/ 2発売)

円安の日本から「出稼ぎ」に行く時代──オーストラリアで搾取される若者たちの実態は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...地球への衝突確率は? 監視と対策は十分か?
  • 2
    「よく眠る人が長生き」は本当なのか?...「睡眠障害」でも健康長寿な「100歳超えの人々」の秘密
  • 3
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニングをする女性、異変を感じ、背後に「見えたモノ」にSNS震撼
  • 4
    「生きられない」と生後数日で手放された2本脚のダ…
  • 5
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 6
    【クイズ】世界で2番目に「農産物の輸出額」が多い「…
  • 7
    世論が望まぬ「石破おろし」で盛り上がる自民党...次…
  • 8
    「あのホラー映画が現実に...」カヤック中の男性に接…
  • 9
    SNSで拡散されたトランプ死亡説、本人は完全否定する…
  • 10
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体」をつくる4つの食事ポイント
  • 4
    「怖すぎる」「速く走って!」夜中に一人ランニング…
  • 5
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 6
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 9
    【動画あり】9月初旬に複数の小惑星が地球に接近...…
  • 10
    首を制する者が、筋トレを制す...見た目もパフォーマ…
  • 1
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 2
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を呼びかけ ライオンのエサに
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    将来ADHDを発症する「幼少期の兆候」が明らかに?...…
  • 9
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 10
    イラン人は原爆資料館で大泣きする...日本人が忘れた…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中