最新記事

ヨーロッパ

現実派アイルランドは復活できる

ギリシャを始め立ち直れそうもない「豚(PIIGS)」仲間との違いは、独立心と失敗を認められる潔さ

2010年6月2日(水)15時16分
ウィリアム・アンダーヒル(ロンドン支局)

 本来なら、市場はアイルランドを見放してしかるべきだろう。同国は少し前までヨーロッパ経済の牽引役だった。小国でも労働市場が柔軟で、市場開放が進んでいれば、輸出主導で世界と勝負できることを示す手本だった。

 しかし、称賛するのは早過ぎた。住宅バブルが崩壊して銀行が破綻の危機に瀕すると、借金まみれの浪費国家ぶりが露呈し、お祭り騒ぎは終わりを迎えた。

 かつては「ケルトの虎」と呼ばれたが、昨年には経済財政基盤が弱いと懸念される「豚=PIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)」の一員に成り下がり、ユーロ圏の未来を脅かした。

 しかしここにきてアイルランドは、いまだ泥まみれの豚仲間を尻目に、汚い小屋から抜け出そうとしている。先週ギリシャ国債の価格が急落して世界の注目を集めたが、10年物のアイルランド国債は人気を保っている。財政赤字の解消に真摯に取り組む同国の姿勢が支持される理由の1つだ。欧州中央銀行(ECB)のジャンクロード・トリシェ総裁は3月25日、ギリシャはアイルランドを「手本」にすべきだと語った。

 もちろんアイルランドにも問題は残っている。09年のGDP(国内総生産)成長率は過去最悪のマイナス7.1%。失業率は12.6%に達し、ギリシャより2ポイントも高い。一方で、昔から同国を悩ませてきた人口流出が再び増加。財政赤字の対GDP比は11.7%で、ギリシャといい勝負だ。

 その上アイルランドは、ギリシャも直面していない厄介な問題を抱えている。金融危機で大手銀行は大規模な救済を必要とし、家計の負債額はヨーロッパで類を見ないほどの水準に膨らんでいる。

 それでもアイルランドがギリシャと違うのは、連立政権が真摯な姿勢で勇気ある解決策を提示している点だ。数字をでっち上げたり、アングロサクソン型資本主義に責任を転嫁したりしない。

官民一体で捨て身の改革

 アイルランドが取った緊縮経済政策は驚くほど厳しいものだった。個人所得税を引き上げ、財政支出を削減。社会福祉予算は今年、3分の1削られた。好景気でうなぎ上りだった公務員の給与を平均で7%程度カットし、公共部門の新規採用も凍結。さらに多額の税金を投じ、極めて有毒な不良資産を金融機関から買い取る「バッドバンク」制度を設ける予定だ。

 アイルランド政府を駆り立ててきたのは事の緊急性だ。昨年、緊急予算を通した時点で崖っぷちに立たされていたのは同国だけだった。「昨年の時点では、政府が混乱を招いたと思っている国民が多かった」と経済社会研究所(アイルランド)のジョン・フィッツジェラルドは言う。「あのまま行動を起こさなければ、アイルランドは破綻していただろう」

 ギリシャとは違い、ヨーロッパ諸国からの救済は当てにしなかった。既に不人気だった政府には失うものがなかった点も幸いした。当分は選挙もなく、選挙対策に神経をとがらせる必要もなかった。

 国が苦境から脱するために国民も犠牲を払わなければならないことに、アイルランドの労働者は理解を示した。他のヨーロッパの国々では、緊縮政策を取ろうとすると暴動が起きることもあるが、アイルランドではまだ大規模なストライキも暴動も起きていない。

 政府と労働組合トップが先頃交わした合意に基づき、公共部門の労働者はこれ以上賃金をカットしないという条件と引き換えに、労働慣習やスト制限の見直しを含めた諸改革を受け入れるだろう。

 アイルランドの政策立案者は、フランスやドイツのように経済危機を口実にして自由市場改革を後退させようとはしない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米肥満薬開発メッツェラ、ファイザーの100億ドル買

ワールド

米最高裁、「フードスタンプ」全額支給命令を一時差し

ワールド

アングル:国連気候会議30年、地球温暖化対策は道半

ワールド

ポートランド州兵派遣は違法、米連邦地裁が判断 政権
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 2
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2人の若者...最悪の勘違いと、残酷すぎた結末
  • 3
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統領にキスを迫る男性を捉えた「衝撃映像」に広がる波紋
  • 4
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    【銘柄】元・東芝のキオクシアHD...生成AIで急上昇し…
  • 9
    なぜユダヤ系住民の約半数まで、マムダニ氏を支持し…
  • 10
    長時間フライトでこれは地獄...前に座る女性の「あり…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中