最新記事

アップルの愚かな特許訴訟

アップルの興亡

経営難、追放と復活、iMacとiPad
「最もクールな企業」誕生の秘密

2010.05.31

ニューストピックス

アップルの愚かな特許訴訟

タッチ画面という一般的アイデアを独占するのは技術革新を殺すに等しい

2010年5月31日(月)12時01分
ファハド・マンジュー

自信作 07年、発表したばかりのiPhoneをロンドンで売り込むジョブズ Alessia Pierdomenico-Reuters

 アップルのスティーブ・ジョブズCEO(最高経営責任者)が、07年のマック関連の見本市「マックワールド・エキスポ」で高機能携帯電話iPhoneを発表したときのこと。彼はその画期的なユーザーインターフェースから話を始めた。「マルチタッチ画面という驚異的な技術を開発した。まるで魔法のような技術だ」

 ジョブズは、独特の大げさな表現でiPhoneのタッチ画面の感度の良さや賢さ(間違って触れたときは無視してくれる)、2本の指を画面上で開いたり閉じたりすると拡大や縮小ができるマルチタッチ機能などを宣伝。最後に次のように付け加え、この技術がいかに特別かを強調した。「特許もどれだけ取ったことか!」

 ジョブズは3月2日、このとき言外に込めた脅迫を実行に移した。iPhoneの特許20件を侵害したとして、台湾の携帯電話大手HTCを訴えたのだ。HTC製の携帯電話の多くはグーグルの携帯電話用OS(基本ソフト)、アンドロイドを搭載している。グーグルの携帯電話ネクサス・ワンを受託生産しているのもHTCだ。

 アップルは、ハイテク業界の巨人グーグルを直接敵に回すのは金も掛かるし得策ではないと思ったのだろう。HTCは身代わりで訴えられたようなものだ。

 これは単にアップルとグーグルの戦いではない。マイクロソフトやモトローラ、ブラックベリーのメーカーであるリサーチ・イン・モーション(RIM)など、アップルの競合企業すべての問題だ。

 iPhoneが世に出てからというもの、スマートフォンと呼ばれる高機能携帯電話のメーカーは必死でiPhoneのまねをしてきた。今はどのメーカーにもマルチタッチ画面の機種がある。

 タブレット型パソコンや電子ブックリーダーも相次いで発売され、気が付けば私たちの周りにはタッチ画面があふれている。未来のコンピューティングにタッチ画面が重要な役割を果たすのは、誰の目にも明らかだろう。アップルは今回の訴訟で、その未来を妨害しようとしている。

 これは危険な戦略だ。特許訴訟は決着がつくまでに何年もかかる。被害は消費者や端末機器メーカー、ソフトウエア制作会社などにも及び、アップル自身にとっても良いことはない。業界全体で特許戦争が繰り広げられるようなことになればなおさらだ。アップルのライバル企業も山ほど特許は取っている。そうした企業の法務部門は今頃、iPhoneやiPadに自社特許を侵害する技術を見つけようと残業に追われていることだろう。

 アップルの訴訟は、不確実性という暗雲になって業界全体を覆っている。いずれ裁判で違法と判断されかねないとなれば、アンドロイド携帯の購入をやめる消費者や、iPhone以外の携帯端末向けのアプリケーション開発は見合わせるソフト会社も出てくる。

ソフト特許は制度が破綻

 アップルの当然の権利だという意見もあるだろう。自社の発明を守って何が悪いのか。それこそジョブズの考えだ。「ライバルがわが社の発明を盗むのを漫然と見ているか、それとも対抗策を取るか」と、3月2日の声明は言う。「われわれは対抗策を取るほうを選んだ......盗みは許されない」

 だがジョブズは、業界を長年悩ませてきたより深い問題を無視している。ソフトウエアに関する特許制度は破綻している。米商務省特許商標局がソフトウエアに対して簡単に特許を認め過ぎることから多くの弊害が生まれている。

 大手企業は、万が一にも訴えられないためだけの目的の特許申請や手続きに巨額の費用を掛けている。そして多くの場合、ソフトウエアに関する特許は法的にも哲学的にも根拠は怪しい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ハセット氏のFRB議長候補指名、トランプ氏周辺から

ビジネス

FRBミラン理事「物価は再び安定」、現行インフレは

ワールド

ゼレンスキー氏と米特使の会談、2日目終了 和平交渉

ビジネス

中国万科、償還延期拒否で18日に再び債権者会合 猶
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:教養としてのBL入門
特集:教養としてのBL入門
2025年12月23日号(12/16発売)

実写ドラマのヒットで高まるBL(ボーイズラブ)人気。長きにわたるその歴史と深い背景をひもとく

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジアの宝石」の終焉
  • 3
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の展望。本当にトンネルは抜けたのか?
  • 4
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 5
    トランプが日中の「喧嘩」に口を挟まないもっともな…
  • 6
    「なぜ便器に?」62歳の女性が真夜中のトイレで見つ…
  • 7
    極限の筋力をつくる2つの技術とは?...真の力は「前…
  • 8
    世界の武器ビジネスが過去最高に、日本は増・中国減─…
  • 9
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 10
    身に覚えのない妊娠? 10代の少女、みるみる膨らむお…
  • 1
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出を睨み建設急ピッチ
  • 2
    デンマーク国防情報局、初めて米国を「安全保障上の脅威」と明記
  • 3
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だから日本では解決が遠い
  • 4
    【銘柄】資生堂が巨額赤字に転落...その要因と今後の…
  • 5
    【クイズ】「100名の最も偉大な英国人」に唯一選ばれ…
  • 6
    中国軍機の「レーダー照射」は敵対的と、元イタリア…
  • 7
    香港大火災の本当の原因と、世界が目撃した「アジア…
  • 8
    人手不足で広がり始めた、非正規から正規雇用へのキ…
  • 9
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」…
  • 10
    首や手足、胴を切断...ツタンカーメンのミイラ調査開…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 6
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 7
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 10
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中