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『時計じかけのオレンジ』

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2009.08.03

ニューストピックス

『時計じかけのオレンジ』

本能的衝動に酔う異色ヒーロー

2009年8月3日(月)13時09分

[英語版1972年1月 3日号掲載]

 徹底的に感情を排し、鮮やかなアイロニーと大胆なアイデアに満ちた作品だ。観客は喜び、笑い、思考を刺激されるが、心を揺さぶられることはない。

 とはいえ、1つの作品に完璧を求めるわけにはいかない。スタンリー・キューブリックが知性と想像力を存分に見せつけたこの作品は、疑いようもない傑作だ。

 舞台は近未来のロンドン。少年アレックス(マルコム・マクドウェル)の楽しみは仲間と住宅に侵入し、窃盗や殺人を犯すこと。極悪人だが、彼らのおぞましい行為を様式化し、音楽を巧みに使うことで、キューブリックは観客に嫌悪感を抱かせない。アレックスはある作家の妻をレイプする最中に「雨に唄えば」を口ずさみ、軽やかに踊る。

 やがて彼は逮捕されるが、刑務所の教戒師に取り入ろうと聖書を勉強するときも、頭の中ではキリストをむち打ち、ローマ人を殺す。

 ところがその自由も奪われる。矯正センターに移された彼は、吐き気を催す薬を注射され、暴力やセックスの映像を強制的に見せられる。かつての快楽の源が、気が付けば苦痛の源になっていた。

 アレックスは犯罪抑止療法のモルモットとして見せ物にされる。発表の場では男に小突かれ、ヌードの女にいたぶられるが、反抗するどころか男の靴をなめ、女の足元にひれ伏す。靴をはう舌のクローズアップだけで、キューブリックは人間の置かれた状況を物語る。

 解放されたアレックスは、かつて自分が苦しめた被害者たちに仕返しされる。わざとらしい設定だが、物語の神話的なスタイルのおかげで違和感はない。「ストーリーをリアルに語るのはまどろっこし過ぎる」と、キューブリックは語っている。「リアリズムだけでは生きることや世界を表現できない」

 この作品は、人間とは何かという問いの核心を突いている。本能的衝動の塊のようなアレックスは刑務所で人格を、矯正センターでは妄想さえ奪われて、文字どおり人間であることをやめてしまう。

 しかしラストで、アレックスは欲望や攻撃性を取り戻す。人間の精神が社会的支配をはね返すのだ。皮肉な結末だが、支配への反発はキューブリックの一貫したテーマ。本作でも人格支配に立ち向かう。

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