コラム

バブル隔離を止めてワクチン戦略へ、急転換する五輪開催方針

2021年06月10日(木)20時20分

これまでは選手と関係者を一般社会から隔離する「バブル方式」を取ると言っていたが Pawel Kopczynski-REUTERS

<ワクチン接種を「おもてなし」と呼ぶことに、自国民へのレスペクトは感じられない>

つい数日前まで、五輪を7月に実施する場合、新型コロナの感染対策としては、バブル(泡)方式が取られる、政府や五輪委はそのように説明しており、世論もそう理解していました。バブル方式というのは、選手と関係者を巨大な泡で覆い、一般社会から隔離することで泡の中の感染リスクを下げて、巨大スポーツイベントを安全に実施する方法です。

問題は、今回の東京五輪の「選手・関係者と一般社会の隔離」の場合は、奇妙な構図があったということでした。

まず、日本社会の側の理解としては、「危険なのは海外から来る外国人の選手・関係者」という警戒感がありました。その一方で、多くの海外の選手団の理解としては、「接種済みの自分たちは安全な存在」であり「接種の進んでいない日本の社会の方が危険」という認識が想定されます。

奇妙な構図というのはそういうことですが、お互いがお互いを「危険」と思っている中で徹底して相互を隔離するのであれば、戦術としては成立するかもしれません。ですが、五輪やパラリンピックというのは、こうした相互不信の構造を抱えて実施するものではないわけで、大変に奇妙な方針だったといえます。

「バブル方式」は撤回

ところが、ここへ来て、急転直下、政府と組織委は五輪開催にあたっての対策を180度転換しつつあるようです。

まず、海外から来る選手や関係者は、原則14日の隔離期間については行動監視をするし、移動も練習場と宿舎の往復などに厳しく限定するとしています。ですが、14日を経過した場合は、通常の入国者と同じようにあらゆる制限を解除することになるようです。

当初の「宿舎、練習場、競技会場だけに完全隔離」して、「競技後は速やかに帰国してもらう」という方針は、どうやら消えてなくなったようです。これは、1カ月半という長期にわたって事前合宿を行う豪州女子ソフトボール選手団への世論の対応をリアルタイムで見ながら、徐々にそのような決定を出して来たという印象があります。

つまり、今回の五輪というのは「バブル開催」ではないということです。少なくとも、非常に高い率でワクチンを接種し、検査を行いつつ14日の隔離期間を終えた海外からの選手団・関係者は「危険な存在ではない」ということを、政府と五輪委は認め、バブル開催という全体隔離を「解除する」ということになります。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

日中局長協議、反論し適切な対応強く求めた=官房長官

ワールド

マスク氏、ホワイトハウス夕食会に出席 トランプ氏と

ビジネス

米エクソン、ルクオイルの海外資産買収を検討=関係筋

ワールド

トランプ氏、記者殺害でサウジ皇太子を擁護 F35戦
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 9
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 10
    「これは侮辱だ」ディズニー、生成AI使用の「衝撃宣…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 5
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 6
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 7
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 8
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story