コラム

崖っぷちオバマが隠し持つ「核の選択肢」

2010年11月04日(木)19時26分

 中間選挙が終わった。ふたを開けてみると、現時点での新しい勢力図は――

【上院(定数100)】 民主党:*52 共和党:47  *民主党系無所属2人含む
【下院(定数435)】 民主党:186 共和党:239  (出典:CNN)

 
 この民主党の結果に、下院が「歴史的惨敗」、上院は「過半数死守」との見出しが躍るなか、スルーされがちな点がある。アメリカ政治の仕組みでは、上院で「過半数(51議席)」を取ったとしても、「60議席」がないと法案可決は容易ではないということだ。

 アメリカ合衆国憲法は、法律は「連邦議会の両院の過半数(大統領が拒否権を発動した場合には3分の2の多数)の賛成で成立する」と定めている。それなのに、上院で「60議席」必要なのはなぜなのか?

 答えは、上院で少数党が仕掛けくる「議事妨害(フィリバスター)」だ。アメリカの上院は、多数党に60議席がないと、少数党が法案の投票に持ち込ませないよう延々と議事妨害をできる仕組み。だが逆に60議席があれば、この議事妨害を止めさせることができる――上院規則はこう定めている。

 そもそも「フィリバスター」の語源はオランダ語の「海賊」、つまり審議の「乗っ取り」だ。この海賊たち、条件さえ守れば、1日2回までの発言で時間制限なく好きなだけ審議を乗っ取ることが許されている。その条件とは、①立ったまま演説し続けること、②本会議場内から出ないこと。水か牛乳を飲むことは許されていて、演説では何を話していい。過去には、憲法の条文1つ1つについて講義したり、シェイクスピアや料理レシピを読み上げた議員もいた。演説の最長記録は、なんと24時間18分。1957年、サウスカロライナ州選出のストロム・サーモンド上院議員(民主党)が、公民権法に反対するため1人で延々と演説し続けたのだ。オンライン雑誌スレートによると、サーモンドはトイレに行きたくならないようにサウナに入って意図的に脱水状態に陥ってから会場入りしたというから、その気合いはハンパじゃない。

 だが、60票(上院議席の5分の3)以上による賛成で「クローチャー動議」が可決されれば、審議時間にリミットを設けることができる。これでフィリバスターは回避できるというわけだ。上院の60議席が「絶対安定多数」と呼ばれるのはこのためで、60議席を割り込むと、少数党は法案の修正や廃案を狙って実際にフィリバスターを行うか、フィリバスターを仕掛けるぞと脅しをかけてくる。

 オバマの民主党は今年1月にすでに上院議席を59席に減らしていたため、共和党は中間選挙前にも医療保険制度改革法案や金融規制改革法案を葬ろうと、フィリバスターによる脅しを多用していた。これにイラついたオバマが、中間選挙での惨敗を見込んでフィリバスター対策としてチラつかせたのが、なんと「核の選択肢(nuclear option)」だ。

 とはいえ、「核の選択肢」はいわゆる核爆弾ではない。上院51票という単純過半数の賛成で法案を可決できるよう、上院議長(現在はバイデン副大統領)の権限を行使して上院規則を変更する手続きを行うこと(この選択肢の擁護者たちは、「constitutional option(憲法上の選択肢)」と呼ぶ)。オバマは中間選挙前の10月27日に風刺番組『デーリー・ショー』に出演した際、フィリバスター回避に「60票」必要だという規則を「改めないといけない」と、核の選択肢を擁護する発言をした。民主党内でこの選択肢を推す議員は、来年1月に新しい議会がスタートする際にもこのルールの変更を目指しているという。

 一方で、共和党を黙らせるためにルールを変更すれば、共和党が猛反発してくるのは必須だ。おそらく共和党は、本来なら超党派で可決できる法案にさえ見向きもしなくなるだろう。この手段は壊滅的な結果を招きかねないため、最終兵器である「核」の選択肢というわけだ。

 オバマは共和党の猛反発にあった医療保険改革法の成立過程でも、予算案の審議に限って適応できる「調停(reconciliation)」という例外手続きを使って、上院では単純過半数による可決に持ち込んだ。この強引なやり方に共和党は怒り狂い、国民の不信を煽る結果になったのは記憶に新しい。民主党だってこれまで散々フィリバスターを行ってきたし、曲がりなりにも「超党派政治」を掲げて大統領になったオバマが、本当に核を落とすのだろうか。

 ただでさえ保守派勢力、ティーパーティーがアツくなっているというのに、ここに核が加わったらどうなることやら。中間選挙で惨敗した今、共和党に歩み寄るしか道はないと言われるオバマ。そのオバマが隠し持つ、「核」の行方に注目したい。

――編集部・小暮聡子

このブログの他の記事も読む


プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。世界情勢からビジネス、カルチャーまで、日本メディアにはないワールドワイドな視点でニュースを読み解きます。編集部ブログでは編集部員の声をお届けします。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

マクロン氏、プーチン氏のイスラエル・イラン危機仲介

ワールド

原油先物続伸し3%超上昇、イラン・イスラエルの攻撃

ビジネス

ECB、2%のインフレ目標は達成可能─ラガルド総裁

ワールド

トランプ氏、イラン・イスラエル和平を楽観視 プーチ
MAGAZINE
特集:非婚化する世界
特集:非婚化する世界
2025年6月17日号(6/10発売)

非婚化・少子化の波がアメリカもヨーロッパも襲う。世界の経済や社会福祉、医療はどうなる?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「タンパク質」より「食物繊維」がなぜ重要なのか?...「がん」「栄養」との関係性を管理栄養士が語る
  • 2
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高にかっこいい」とネット絶賛 どんなヘアスタイルに?
  • 3
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波でパニック...中国の輸出規制が直撃する「グローバル自動車産業」
  • 4
    サイコパスの顔ほど「魅力的に見える」?...騙されず…
  • 5
    林原めぐみのブログが「排外主義」と言われてしまう…
  • 6
    メーガン妃とキャサリン妃は「2人で泣き崩れていた」…
  • 7
    若者に大不評の「あの絵文字」...30代以上にはお馴染…
  • 8
    さらばグレタよ...ガザ支援船の活動家、ガザに辿り着…
  • 9
    ハルキウに「ドローン」「ミサイル」「爆弾」の一斉…
  • 10
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 1
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の瞬間...「信じられない行動」にネット驚愕
  • 2
    大阪万博は特に外国人の評判が最悪...「デジタル化未満」の残念ジャパンの見本市だ
  • 3
    「セレブのショーはもう終わり」...環境活動家グレタらが乗ったガザ支援船をイスラエルが拿捕
  • 4
    「サイドミラー1つ作れない」レアアース危機・第3波で…
  • 5
    ブラッド・ピット新髪型を「かわいい」「史上最高に…
  • 6
    ファスティングをすると、なぜ空腹を感じなくなるの…
  • 7
    今こそ「古典的な」ディズニープリンセスに戻るべき…
  • 8
    アメリカは革命前夜の臨界状態、余剰になった高学歴…
  • 9
    右肩の痛みが告げた「ステージ4」からの生還...「生…
  • 10
    脳も体も若返る! 医師が教える「老後を元気に生きる…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    【定年後の仕事】65歳以上の平均年収ランキング、ワースト2位は清掃員、ではワースト1位は?
  • 3
    日本はもう「ゼロパンダ」でいいんじゃない? 和歌山、上野...中国返還のその先
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 6
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 7
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 8
    あなたも当てはまる? 顔に表れるサイコパス・ナルシ…
  • 9
    ドローン百機を一度に発射できる中国の世界初「ドロ…
  • 10
    【クイズ】EVの電池にも使われる「コバルト」...世界…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story