コラム

スポーツを侵食する新時代ギャンブル

2017年08月25日(金)14時30分

イギリスのスポーツファンの熱狂は良くも悪くも有名だが Eddie Keogh-REUTERS

<イギリスではギャンブルの規制緩和でスポーツがすっかり賭けの対象になり、観戦風景も様変わりした>

先日、友人とパブで夕食を取っていたら、いくつか先のテーブルに着いていた男2人がひどく興奮していた。彼らはロンドンで開催されている世界陸上をパブのテレビで観戦中で、男子200メートルでトルコ人選手が接戦を制して優勝したのに狂喜していたのだ。

すると解説者が、もう一方の選手のほうが先にゴールしたのではないかと言い出した。パブの2人は一瞬、がっくりした......でも、結局トルコ人選手の勝利が確定すると、歓喜の叫びを上げて抱き合った。「シャンペンを開けようぜ」と1人が言った。

(アクセントから判断して)1人はアイルランド人、もう1人はイングランド人のようだったから、そう有名でもないこのトルコ人選手に彼らがそこまで思い入れていることに、僕はびっくりした。でもすぐに、1人がトルコ人選手の勝ちに賭けていて、配当を手にしたことが判明した。僕と一緒にいた友人によると、2人は僕らがパブに入ったときから(200メートル決勝の2レース前だった)賭け率を調べ、スマートフォンで賭けに参加していたという。

どうやらこれは、近頃では珍しくもなんともないことのようだが、僕が若い頃のギャンブルのイメージとはずいぶんとかけ離れている。当時のギャンブルとは、たいていは中高年の男が殺風景なギャンブル専門店で行う(イケてない)ものだった。賭けの対象がサッカーでも、賭けたその場で座って試合を観戦することなどできなかった。賭けたら普通、立ち去るものだった。

大半の人はたまに賭けるだけ(競馬の障害競走のグランドナショナル、イングランド代表の国際試合、サッカーのFAカップの決勝とか)。僕はと言えば、これまでドッグレースくらいにしか賭けたことがない。僕の人生で計20回ほどだ。気に入った名前の犬を選び、実際のところ勝ちそうかどうかなど関係なしに応援した。数ペニーの「浪費」で、レースはより面白くなった。

【参考記事】大学も就職も住宅も「損だらけ」のイギリスの若者たち

同じスポーツを見ているはずが

世界陸上の件があった翌日、僕はサッカーのゲーム(アーセナル対レスター戦)を見るために別のパブにいた。真後ろで若い男3人が酒を飲みながら観戦していた。こういう状況では、近くで飲んでいる人間がどちらのチームを応援しているかを慎重に見極めなければならない(敵チームのPKミスを野次ったら、そのチームのファンの酔っ払い軍団がそばにいた、なんてことにならないように)。

奇妙なことに男3人は、どちらのチームを応援しているかという様子を見せずに、サッカーについて知識豊かに語っていた(「サンチェスは移籍すると思うか?」「カイル・ウォーカーに5000万ポンドの価値はあるか?」「ショーン・ダイチェはバーンリーのパーフェクトな監督だ」などなど)。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米失業保険継続受給件数、10月18日週に8月以来の

ワールド

中国過剰生産、解決策なければEU市場を保護=独財務

ビジネス

MSとエヌビディアが戦略提携、アンソロピックに大規

ビジネス

英中銀ピル氏、QEの国債保有「非常に低い水準」まで
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界も「老害」戦争
特集:世界も「老害」戦争
2025年11月25日号(11/18発売)

アメリカもヨーロッパも高齢化が進み、未来を担う若者が「犠牲」に

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR動画撮影で「大失態」、遺跡を破壊する「衝撃映像」にSNS震撼
  • 3
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影風景がSNSで話題に、「再現度が高すぎる」とファン興奮
  • 4
    マイケル・J・フォックスが新著で初めて語る、40年目…
  • 5
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 6
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    「嘘つき」「極右」 嫌われる参政党が、それでも熱狂…
  • 9
    「日本人ファースト」「オーガニック右翼」というイ…
  • 10
    悪化する日中関係 悪いのは高市首相か、それとも中国…
  • 1
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 2
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前…
  • 5
    【銘柄】ソニーグループとソニーFG...分離上場で生ま…
  • 6
    【写真・動画】「全身が脳」の生物の神経系とその生態
  • 7
    筋肉の正体は「ホルモン」だった...テストステロン濃…
  • 8
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 9
    「イケメンすぎる」...飲酒運転で捕まった男性の「逮…
  • 10
    「ゲームそのまま...」実写版『ゼルダの伝説』の撮影…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 6
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 7
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story