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焦点:印女性の社会進出になお壁、出産後復職やキャリア志向否定も

2023年03月26日(日)07時56分

 3月21日、ヒンディー語と英語で2つの修士号を持つ30代のピンキー・ネギさんはヒマラヤ山麓にあるインドの公立学校の教師だった。インドのジャリア炭田で2022年11月撮影(2023年 ロイター/Thomson Reuters Foundation/Tanmoy Bhaduri)

[ニューデリー 21日 トムソン・ロイター財団] - ヒンディー語と英語で2つの修士号を持つ30代のピンキー・ネギさんはヒマラヤ山麓にあるインドの公立学校の教師だった。仕事に強い愛着を感じていたが、結婚して子どもができるとキャリアを断念した。

ネギさんはトムソン・ロイター財団のインタビューで、「ささいなことも誰かに頼まなければならない時に、自分は稼いでいないという思いに最も苦しめられる」と明かした。短期間、家庭教師にも挑戦したが、第2子が生まれると働くのを完全に諦めた。「たとえ夫であっても誰かに頼むのは変わらない」と心情を吐露する。

インドでは毎年数百万人の女性がネギさんと同じように、結婚して子どもができると働くのをやめる。

国連の推計によると、インドは人口が4月に14億3000万人に達し、中国を抜いて世界最大となる見込み。世界トップクラスの成長を維持するには、雇用を増やすだけでなく、女性が働きやすい労働条件を整備する必要があると専門家は指摘する。

しかし教育水準の向上、健康状態の改善、出生率の低下、女性を支援する労働政策などが進んだにもかかわらず、職に就いているか、積極的に職を探している女性は全体の3分の1以下に過ぎないことがデータから分かる。

研究者の話では、結婚、育児、家事、スキルや教育の格差、世帯収入の増加、セキュリティー面の懸念、職不足など、理由は多い。

コンサルティング会社マッキンゼーは2018年のリポートで、教育、育児、柔軟な働き方へのアクセス改善などの政策修正によって働く女性が増え、25年までにインドの国内総生産(GDP)を数千億ドル押し上げることが可能だと分析した。

<無報酬労働>

世界銀行の最新データによると、インドの2021年の正規・非正規労働者に占める女性の割合は23%で、02年の27%近くから低下。隣国バングラデシュの32%、スリランカの34.5%を下回っている。

連邦政府の統計からは、18/19年度に18.6%だった女性労働参加率(FLFPR)は20/21年度には25.1%に上昇したことが分かる。

しかし今年初めの調査で、現在の計測手法では家事や農業、料理、子どもの教育など女性の無報酬労働がデータに反映されておらず、働く女性の割合を過小評価する傾向があることが分かった。

自宅でパートタイムの針仕事をしているビーナ・トマールさん(35)は「女性は家庭を守らなければならないからフルタイムの仕事を見つけるのは難しい。(家庭で)サポートがあれば私も働きたかった」と悔しさをにじませた。

<コロナが直撃>

オクスファム・インディアの研究員、マユラクシ・ドゥッタ氏は、質の高い教育、訓練プログラム、技能開発へのアクセスの改善は女性の雇用機会を高めるのに不可欠だと力説する。

モディ首相は昨年、女性労働力確保のため労働時間の柔軟化などの制度を導入するよう各州に要請、「女性の力」を活用すれば、国の経済目標をより早く達成できると訴えた。

研究者は、21/22年度に30万人余りの女性が受講した政府の技能開発計画のような公的プログラムは有望な取り組みだとしながらも、対策はもっと強化する必要があり、特に女性は新型コロナウイルスのパンデミックで経済的打撃を被っていると主張している。

インドでは女性の多くが、農作業や工場労働、家事など低スキル労働に従事しており、こうした分野はパンデミックの影響が大きかった。

アジム・プレムジ大学持続可能な雇用センターの報告書に基づくと、インド経済はパンデミックから回復したが、女性の雇用は元に戻っておらず、男性よりも失職した割合が高く、職場復帰の可能性も低いことが判明した。

ブハウナ・ヤダフさん(23)もこうした女性の1人。20年3月の最初のロックダウン(都市封鎖)前にデリーのモールで化粧品の販売員をしていたが、夫とともに仕事を失い、北部ハリヤナ州の義理の両親と同居することになった。規制が解除され、夫はデリーに戻ったが、ヤダフさんは取り残された。

「会社に何度も電話したけれど戻れる仕事がない。それに、私が妊娠していたため、夫や義理の両親は(復職に)反対した」と語る。

義理の両親は、「母親であることは仕事だ」「夫は稼いでいる」と、ヤダフさんのキャリアに対する思いを否定し、農業を手伝うよう持ち掛けたという。

「腹立たしい。私にはもっと仕事ができる資質があるのに・・・。自由で、友達も同僚もいて、自分のお金もあった。それを失ってどんなにさみしいか分かっていない」

<働く意欲を無視>

デリーに拠点を置くIWWAGEの主席エコノミスト、ソナ・ミトラ氏は、労働市場は女性が望む仕事を生み出すことができておらず、女性のキャリア志向はあまりにも頻繁に否定されていると指摘する。「女性は農業で働きたいわけでも、家事労働者として働きたいわけでもない。彼女たちは、自分を尊重し、尊厳を与え、自分の能力や学歴を認めてくれる他の仕事を望んでいる。そのような仕事はどこにあるのか」と訴えた。

公立学校の教師だったネギさんも復職しようとして何度も低技能・低賃金の仕事を打診された。今は自宅近くの学校で時間の融通が利く教職の仕事を探している。

彼女は「女性は家事も仕事も全てこなさなければならない。例外はない。でも仕事に戻れば、日常が良くなるような気がする。外に出れば出るほど、多くの出会いがあり、元気が湧く」と述べた。

(Annie Banerji記者、Anuja記者)

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