ニュース速報

ワールド

アングル:豪州ビザ無効の中国人研究者、「絵文字で有罪に」

2020年09月19日(土)07時53分

9月14日、オーストラリア文学の中国人研究者2人が、オーストラリアの国家安全保障当局から査証(ビザ)を取り消された。写真は3月撮影の陳弘氏。提供写真(2020年 ロイター/Chen Hong)

[シドニー 14日 ロイター] - オーストラリア文学の中国人研究者2人が、オーストラリアの国家安全保障当局から査証(ビザ)を取り消された。中国で展開しているオーストラリアによる歴史ある文化事業が、両国間の関係悪化に巻き込まれた形だ。研究者の1人の陳弘氏はロイターのインタビューに応じ、近年はオーストラリア政府に批判的になっていたと認めたが、同国の安全保障は脅かしていないし、捜査の中心になっている対話アプリ「微信(ウィーチャット)」でのやりとりには、通常「絵文字」でしか参加していなかったと話した。

陳氏は最近、中国の人民日報系の英字紙「環球時報」におけるオーストラリア政府への批判が注目を集めた。同氏によると、批判的になったのは2017年にオーストラリア政府が中国の影響力をめぐり「悲痛な思いにさせられるような」政治キャンペーンを始めたのがきっかけという。「オーストラリアが主義主張を弾圧するような国だとは思わない」「私の学生は皆、私がオーストラリアびいきだと知っている」と話した。

上海の華東師範大でオーストラリア文化について教鞭をとる陳氏は、オーストラリア研究所の所長でもある。初めて同国を訪れたのは24歳。労働党のゴフ・ウィットラム元首相の個人的な招待だった。ウィットラム氏は1972年にオーストラリアと中国との国交を樹立し、その後も政府機関のオーストラリア・中国評議会を率いた。中国の大学でのオーストラリア文学研究に対して資金援助した機関だ。

<豪当局の家宅捜査>

陳氏によると、オーストラリア保安情報機構(ASIO)は今年8月、同氏と北京外国語大学オーストラリア研究所主任の李建軍氏のビザについて、安全保障を理由に無効にした。

陳氏によると、2人はニューサウスウェールズ州の野党・労働党の政治家やスタッフとやりとりするウィーチャットのグループメンバーだった。彼らの自宅は今年6月、連邦警察から外国勢力による干渉の捜査の一環で家宅捜索を受けた。

中国の外務省は、オーストラリアで活動する複数の中国人ジャーナリストもASIOから捜査を受けたと主張する。これについてASIOはコメントを避けた。オーストラリア政府はASIOの動きは証拠に基づいているとだけ説明した。

家宅捜索を受けた野党政治家は提訴に動いているが、そのスタッフが裁判所に提出した文書によると、私的なソーシャルメディアのグループが捜査の中心になっている。

陳氏によると、ウィーチャットのグループには中国人ジャーナリスト2人が参加。そのうち1人がシドニーを訪れた際、夕食会を企画するために使われた。その後、出席者は写真や新聞記事の投稿を続けた。陳氏によれば、自分はそのグループで活動が最も少なかったし、たいていは絵文字を返信していた。

「自分がしていたことと、オーストラリアの安全保障を脅かしたという容疑を結びつけるようなことは、一切ない」と陳氏は語る。

<政治的意図>

陳氏を知る2人のオーストラリア人研究者はいずれも、同氏の最近のオーストラリア政府批判に驚いたと話した。

北京大学で以前、オーストラリア研究を指導したグレッグ・マッカーシー氏は「オーストラリア側の見地からすると、彼は学術研究とジャーナリズムと中国共産党の党是とのはざまで、立場を誤ったようにみえる」と指摘する。

マッカーシー氏によると、陳氏は2017年以降の豪中の外交関係悪化で、裏切られたように感じていたはずだという。「彼は文学のバックグラウンドと、理想化されたオーストラリアを背負ったまま、政治の中に踏み込んでしまった」という見方だ。

陳氏は1987年、オーストラリアのノーベル文学賞作家、パトリック・ホワイト氏の研究で博士号を取り、以来、同国との関わりが始まった。91年には同国に留学し、94年に上海に戻ると、所属の大学からボブ・ホーク元首相の訪中時に通訳を頼まれたこともあった。

陳氏は、大学が自分にオーストラリア文学研究を「多様化」するよう促し、そのため同国の「政治や外務外交に研究を広げた」と説明する。

環球時報については、中国で自分の記事が掲載され得る唯一の英字紙であり、オーストラリアを批判したのは両国の関係改善が狙いだと話した。中国の文学誌にオーストラリア文化について書き続けるつもりだとも語った。

陳氏は昨年、オーストラリアを6回訪れている。そのうちの1回は在オーストラリア中国大使館の招きだった。このとき大使館は3人の中国研究者と、中国政府が反中的と名指しするオーストラリア戦略政策研究所を含むシンクタンクとの面会を設定した。

陳氏によると、大使館は自分に航空運賃1000ドルを支給した。「そんな額で買収できる人なんていない」と同氏は付け加えた。

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米政府、資源開発資金の申請簡素化 判断迅速化へ

ワールド

訂正-セビリアで国連会議開幕、開発推進を表明 トラ

ワールド

対米交渉「農業を犠牲にしない」=トランプ氏のコメ発

ワールド

カナダ、初のLNG輸出貨物を太平洋岸から出荷 アジ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引きずり込まれる
  • 4
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門…
  • 9
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 7
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 8
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中