ニュース速報

ワールド

焦点:ベイルート大爆発の謎、硝酸アンモニウムは「所有者不明」

2020年08月15日(土)08時09分

写真は2014年夏、ベイルートの港に停泊中の貨物船「ロサス」で、積み荷の硝酸アンモニウムを背に写真に収まる船長(右)と甲板長ボリス・ムシンチャク氏。ムシンチャク氏提供(2020年 ロイター)

[モスクワ/ドバイ/ロンドン 11日 ロイター] - レバノンの首都ベイルートの大爆発に関してロイターは、港湾地区に保管され、爆発を引き起こした大量の硝酸アンモニウムの所有者を突き止めるべく、10カ国で取材を展開した。

しかし文書の紛失、情報の秘匿、複雑に結び付いた正体のはっきりしない小さな企業などが出てくるばかりで、所有者の身元を割り出すことはできなかった。

硝酸アンモニウムをベイルートまで運んだモルドバ船籍の貨物船「ロサス」の関係者はいずれも、所有者を知らないか、質問への回答を避けた。ロサスの船長、硝酸アンモニウムを製造したジョージアの肥料メーカー、製品を発注したアフリカ企業は全て所有者が分からないと回答。発注元のアフリカ企業は製品の代金を支払っていなかった。

船積み記録によると、ロサスは2013年9月にジョージアで硝酸アンモニウムを積み込み、モザンビークの爆発物メーカーに届けることになっていた。しかし船長と船員2人によると、地中海を離れる前に、同船の事実上のオーナーとみられていたロシア人実業家イゴール・グレシュキン氏から、当初予定になかったベイルートに寄港し、別途貨物を積むよう指示された。

ロサスは同年11月にベイルートに到着したが、未払いの港湾使用料を巡る法的紛争に巻き込まれ、船舶自体にも不具合が見つかり、ベイルートに足止めされた。当局の記録によると、債権者はロサスの登記上の所有者であるパナマの企業に対し、船舶の所有権を放棄するよう迫り、その後硝酸アンモニウムはロサスから降ろされ、埠頭近くの倉庫に保管された。

債権者の代理人を務めたベイルートの法律事務所は、硝酸アンモニウムの当初の法的所有者の身元についての問い合わせに応じなかった。ロイターはグレシュキン氏と連絡を取ることができなかった。

レバノンの通関当局によると、積み荷を全て降ろしたロサスは2018年に停泊地のレバノンで沈没した。

硝酸アンモニウムの代金を誰が支払ったのか、所有者はロサスが沈没したときに積み荷の回収を求めたのか、もし求めなかったのならその理由は何か、こうした問題は依然として謎に包まれている。

ロサスが積んでいた硝酸アンモニウムは2750トン。業界関係者によると、2013年当時の価格で約70万ドル(編集注:現在のレートで約7500万円)相当だという。

<無保険>

ロイターの取材で不審な点がいくつも浮かび上がった。

海運業界の慣行や一部の国の法律では、商用船舶は環境被害、死者や負傷者の発生、流出事故や衝突などに備えて保険に入る必要がある。しかし事情に詳しい関係者2人によると、ロサスは保険に入っていなかった。

ロサスのロシア人船長はロイターの電話取材に、保険証書を見たが、本物とは保証できないと述べた。ロイターはロサスの保険証書の写しを入手できなかった。

硝酸アンモニウムを発注したモザンビークの爆発物メーカーの広報担当者によると、同社は当時、代金着払いに同意しただけで、硝酸アンモニウムの所有者ではなかった。

硝酸アンモニウムを製造したジョージアの肥料メーカーは既に解散している。当時オーナーだった実業家はロイターの取材に、2016年に硝酸アンモニウム製造工場の経営権を失ったと述べた。英国の裁判所の記録によると、同社は16年に債権者によって競売に掛けられた。

現在この肥料工場を経営している別の会社の幹部は、問題となった硝酸アンモニウムの所有者を明らかにできないとしている。

モザンビークの爆発物メーカーの注文を取り扱った商社はロンドンとウクライナで登記されているが、同社のウェブサイトは閲覧不能となっている。同社が登記しているロンドンの住所を訪ねたが、当該の住宅には鍵が掛かっており、ドアをノックしても返事はなかった。

ロイターは同社の経営幹部に接触したが、この幹部は質問に答えるのを拒否した。

この商社の内情に詳しい関係者によると、同社は旧ソ連諸国産の肥料をアフリカの顧客に販売していた。

<船舶にも不具合>

爆発で多くの死傷者が出て、反政府デモが起きたことから、レバノン政府は既にロサスとグレシュキン氏に捜査の矛先を向けている。治安当局者によると、6日にはグレシュキン氏が自宅で硝酸アンモニウムについて尋問を受けた。

ロサスの船長によると、同船は2013年11月にベイルートに到着した際に、既に燃料漏れを起こしており、全体的に船体の状態が悪かった。

船舶の記録によると、ロサスはドアの不具合、デッキ部分の腐食、補助エンジンの不調などが見つかり、ベイルートに寄港する4カ月前の13年7月にスペインのセビリアで、港湾当局により13日間の航行停止処分を受けていた。

ロイター
Copyright (C) 2020 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

26年度の超長期国債17年ぶり水準に減額、10年債

ワールド

フランス、米を非難 ブルトン元欧州委員へのビザ発給

ワールド

米東部の高齢者施設で爆発、2人死亡・20人負傷 ガ

ワールド

英BP、カストロール株式65%を投資会社に売却へ 
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者・野村泰紀に聞いた「ファンダメンタルなもの」への情熱
  • 2
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 3
    ジョンベネ・ラムジー殺害事件に新展開 父「これまでで最も希望が持てる」
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    批評家たちが選ぶ「2025年最高の映画」TOP10...満足…
  • 6
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 7
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 8
    「何度でも見ちゃう...」ビリー・アイリッシュ、自身…
  • 9
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 10
    なぜ人は「過去の失敗」ばかり覚えているのか?――老…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 3
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 4
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切…
  • 5
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 6
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 7
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 8
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリ…
  • 9
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 10
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中