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アングル:聖域「王室」にも、タブーに挑むタイ若者の民主活動

2020年08月15日(土)08時08分

8月10日、今月初めの2日間にわたるビデオ会議で、タイのカセサート大学・マハナコン大学に所属する10数名の学生たちは、投獄のリスクを冒してもタブーを破り、タイの強力な君主制に公然と異議を申し立てるべきか議論していた。写真は7月、マハ・ワチラロンコン国王のポートレートの横を通過する反政権デモの参加者(2020年 ロイター/Jorge Silva)

[バンコク 10日 ロイター] - 今月初めの2日間にわたるビデオ会議で、タイのカセサート大学・マハナコン大学に所属する10数名の学生たちは、投獄のリスクを冒してもタブーを破り、タイの強力な君主制に公然と異議を申し立てるべきか議論していた。ビデオ会議の参加者2人が明らかにした。

街頭、オンラインでの抗議行動参加者のあいだでは、ここ数ヶ月、民主主義の拡大を訴えるなかで、婉曲にマハ・ワチラロンコン国王に言及する例が増えていた。だが、公然と王制改革を訴える者はいなかった。

2人の参加者によれば、このビデオ会議で学生たちは、『ハリー・ポッター』シリーズの魔法使いをテーマにした抗議活動について協議した。J・K・ローリングの人気シリーズで主人公ハリーの宿敵を指す「名前を言ってはいけないあの人(He-Who-Must-Not-Be-Named)」と呼ぶだけで、公然たる対決の寸前で踏みとどまることも検討された。

だが、もっと明確な、そしてリスクの高い表現を求める主張が勝利を収めた。

8月3日月曜日の夜、人権派弁護士のアノン・ナンパ氏(35)、バンコクの民主記念塔脇に設けられた演壇に立ち、王室の権限縮小を求めた。タイ国内では極めて珍しい事件である。

彼は警察官の監視を受けつつ、200人ほどの抗議参加者に対し「民主主義国家で、軍に関してこれほど大きな権力を国王に認めている国はない」と語りかけた。「これによって、民主主義国家における君主制が絶対君主制に転じるリスクが増している」

タイはこの数十年間、政治の混乱に翻弄されてきたが、街頭デモの参加者が君主制の改革を求めることは過去には見られなかった。憲法では王室について「崇敬すべき存在」としての立場を保たなければならないと規定している。

2016年に没するまで70年にわたり君臨したワチラロンコン王の父、プミポン・アドゥンヤデート前国王の時代には、君主制に対する異議申立ては、いかなる形であれ、きわめて珍しかった。

アノン氏も他の抗議参加者も、タイの不敬罪法違反による告発は受けていない。この法律は、君主制に対する批判について最長で禁固15年の刑を定めている。

だが、8月7日金曜日、警察は7月18日に行われた別の抗議行動に関連してアノン氏を「社会不安及び不信の扇動」など複数の容疑で勾留していることを明らかにした。最長で7年の禁固刑となる可能性がある。

弁護士のウィーラナン・ファドスリ氏によれば、アノン氏はすべての容疑を否認しているという。同氏は8日に保釈された。

国防省のコンチープ・タントラワニット報道官は、「王室を対立に持ち込まないでほしい。不適切だ。王室はタイ国民の統合の中心だ」と話す。

<民主化活動に急速な変化>

アノン氏が公然と王室改革を求めたことは、タイの民主化活動に大規模かつ急速な変化が生じていることを裏付けている。新世代の抗議参加者の一部は王室と軍の緊密な関係に結びついた体制を攻撃する。陸軍将校の経歴を持つ現国王は、形のうえではタイ国軍の最高指揮官である。

「これこそ人々が話題にしたがっている問題だ」と語るのは、マハナコン大学で工学を学ぶパトサラワリー・タナキットウィブンポンさん(24)。3日の抗議行動の計画に参加し、スピーチもした。「あまりにも長い間、この問題は姑息に隠蔽されてきた。だから我々は、この問題について理性的かつオープンに語る方がいいだろうと考えている」

一連の抗議行動は、初めのうちはオンラインで計画され、主として大学のキャンパスで行われる平和的で小規模の「フラッシュモブ」的行動だったが、最近ではタイ全国で街頭デモが多数行われ、オンラインでも数百万ものユーザーが「#FreeYouth」といったハッシュタグをフォローしている。

これまでのところ、当局からの反応は限定的である。

アノン氏のスピーチが行われた翌日の8月4日、プラユット・チャンオチャ首相は記者団に対し、政府は学生たちへの説得に前向きであると述べた。同首相は7月15日、国王が不敬罪法に基づく訴追を行わないよう求めたことを明らかにしている。

だが、軍トップのアピラト・コングソンポン氏はそれほど融和的ではなかった。8月5日、士官候補生らに対する演説のなかで、アピラト氏は「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)は治せる病だ。しかし国を憎む、自分自身の祖国を憎むという病は治しようがない」と述べた。

警察は7日の発表のなかで、7月18日に行われた抗議行動に対する苦情を受けたことを理由にアノン氏ともう1人の主催者を逮捕し、取り調べを進めていると述べている。アノン氏が8月3日の抗議行動におけるスピーチに関して、不敬罪法に基づく告発を受けていない理由について、警察は説明していない。

<王室と軍の密接な関係>

ワチラロンコン国王はドイツで過す時間が長いが、タイ国内では至るところで同国王の肖像が見られる。タイの保守派の多くに言わせれば、王室と軍の絆が国家の安定を保障している。軍は、タイにおける最高の道徳的権威としての王室の地位を強く支持しおり、軍トップは昨年、君主制を擁護する政権のみを支持するという前例のない宣誓を行った。

アナリストのなかには、軍がタイの政治における突出した役割を正当化するために王室との密接な関係を利用しているという声もある。元軍司令官のプラユット首相は3人の退役軍人を閣僚ポストに任命しており、上院の議席の3分の1以上は現・元軍将校で占められている。

一方、2016年の即位以来、現国王は憲法上の権力を強化している。アノン氏はスピーチのなかで、民主主義と相容れない国王の権力獲得として2つの例をあげた。すなわち、2016年にプラユット政権が陸軍の2つの部隊を国王直属としたこと、2017年に王室の膨大な資産を国王個人の名義に移したことである。

3日の抗議行動を主催した1人である学生タナポル・パンガムさん(27)は、「確かに怖いが、必要なことについて声を上げなければ、問題が続いていくだけだ」と語る。

学生の抗議グループは多数あるが、王室を公然と批判しているのは今のところ一握りに留まっている。だが、軍政トップとしての過去があるプラユット首相の続投を許す結果となった不正が疑われる昨年の選挙の後、変革を求めるという点で学生グループは一致団結している。

批判派によれば、軍が定めたルールにより選挙結果はあらかじめ決められており、プラユット氏にかなりの票が自動的に集まることになっていたという。プラユット首相は、選挙は公正に行われたと述べている。

タイ学生連合の代表者であるジュタティップ・シリカンさん(21)は、「我々の中心的なイデオロギーは、民主主義の推進だ」と話す。同グループは複数の抗議行動の開催に参加しているものの、君主制への批判には至っていない。

抗議行動が始まったのは、裁判所が野党「新未来党」の活動を禁止した今年初め頃からである。新未来党は、軍が国内政治を支配する状態を終らせることを求める主張に対する若い世代の幅広い支持を受け、知名度が低かったにもかかわらず、各地の選挙で第三勢力として予想外の躍進を見せた。

2月、バンコクの大学キャンパスで行われた初期の抗議行動の1つで掲げられたプラカードには、「ドイツのお天気はいかが?」と書かれていた。穏当な問いかけに見えるが、ほとんどのタイ国民にとっては、バンコクよりもバイエルンで長い時間を過すワチラロンコン国王への当てこすりであることは分かる。

その後、新型コロナウイルスを理由にタイがロックダウン(都市封鎖)に入り、抗議行動は中断した。

だが、スマートフォンや自宅に持ち帰ったノートパソコンを通じて、活動家たちはオンラインで圧力をかけ続け、君主制への疑問も高まっていった。

3月、タイ語版ツイッターでは、「#whydoweneedaking?(なぜ我々に国王が必要なのか)」というハッシュタグが100万回以上も使用された。フェイスブックでも、君主制を揶揄することの多いタイ語のグループが85万人以上のユーザーを集めている。

抗議行動参加者たちが、再び大挙して街頭に姿を見せたのは7月18日だった。新型コロナによる観光産業の崩壊による経済的な痛手に対する怒りと、亡命中のタイ人活動家が拉致されたと見られる件が刺激になった。これは複数の失踪事件の最新の例で、人権擁護団体によれば、ワンチャレアーム・サトサクシット氏(37)が6月にカンボジアで正体不明の襲撃者によって連れ去られ、その後目撃されていない。タイ政府・軍は関与を否定している。

<一枚岩ではない抗議行動>

一部のアナリストは、最近の若者主導の抗議行動は、1970年代の学生による民主化要求運動に似ていると言う。

タイでは、軍による政治介入が繰り返し行われてきた。1932年に絶対王政による支配が終って以来、クーデターの成功例は13回を数える。1973年と1992年には、軍政指導者による弾圧により抗議参加者が殺害されたことを受けて、事態沈静化のためにプミポン国王が介入している。

タイの若い世代も一枚岩ではない。民主派の抗議行動に対抗して、規模は劣るものの、政権を擁護する王党派による独自の集会も行われている。

元専門学校生で王党派のトトサポル・マヌンヤラットさんは、「タイ人の多くは、君主制に対する攻撃的な言動に眉をひそめる」と言う。彼は国王への敬愛の念から、バンコクでの反抗議行動に参加したという。

アナリストのあいだには、深い分断は政権にとってジレンマを生んでいるという声もある。

インターナショナル・クライシス・グループの東南アジア担当上級アナリスト、マシュー・ウィーラー氏は「批判の動きを弾圧すれば、反撃を受けるリスクがある」と語る。「だが放置しておけば、タブーの壁が崩れるリスクがある」

(翻訳:エァクレーレン)

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