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焦点:英国にようやく自動化の波、ブレグジットで人材難

2018年10月21日(日)07時59分

 10月14日、英国製造業では長らく、他の先進諸国に比べて自動化が遅れていた。理由の1つは、欧州大陸から無尽蔵とも思われる労働者の流入があったからだ。写真は英レティッチにあるミュラー・プレシジョン・エンジニアリングの工場で8月撮影(2018年 ロイター/Darren Staples)

David Milliken

[レディッチ(イングランド) 14日 ロイター] - 英南部レティッチにあるミュラー・プレシジョン・エンジニアリングの工場で、ジェームス・ギブスさんは、ガタゴトと動く3台の機械を担当している。彼が生まれるより前に製造された古い機械だ。

ポーランド人とハンガリー人の同僚2人は、20秒に1回、半完成品の金属部品をプラスチックの軸に装着して、研磨機のあいだに15秒間差し入れる。仕上がったサイズをチェックして、トレイに入れる。

「繰り返すだけの作業だ」と27歳のギブスさんは言う。「たとえ何時間働くにしても、その間は装着ミスが起きないように集中力を保たなければならない」

来年半ばには、作業員2人が担当している業務は、センサーとロボットアームによって行われるようになる。

英国の製造業では長い間、他の先進諸国に比べて自動化が遅れていた。理由の1つは、欧州大陸から無尽蔵とも思われる労働者の流入があったからだ。

だが、2016年6月の英国民投票で欧州連合(EU)離脱(ブレグジット)を決めて以来、こうした低コストの労働力流入を当てにすることが難しくなった。3月までの1年間で東欧からの移民純流入は、過去8年間で最低となり、今後も状況は悪くなる一方ではないかと業界団体は懸念している。

自動化投資に火がつくことは、英国経済にとって大きな意味があるかもしれない。企業が労働力頼みから脱却すれば、生産性が改善され、長らく年2%程度で低迷している賃金上昇も勢いづく可能性がある、とエコノミストは指摘する。

ミュラー・プレシジョンでは、すでに自動化が進んでおり、カバーの付いたコンベアによって、コンピューター制御の旋盤に部品が送り込まれている。このレディッチ工場に15万ポンド(約2200万円)を投資することで、ボルボ製トラック用のブレーキ部品を製造するプロセスが自動化される予定だ。

約130人が働く同工場でマネージング・ディレクターを務めるアダム・カニンガム氏によれば、現場での手作業は単調だが危険を伴い、適任者を見つけることが難しい場合もあるという。

「それに加え、ブレグジットによって労働者の流入数が減っていることもあり、特にこの分野では自動化を考える必要があるとの声が上がってきた」とカニンガム氏。「基本的には、人間の代わりにロボットを導入することになるだろう」

国際ロボット連盟(IFR)によれば、英国では、先進諸国のみならず、東欧諸国の一部と比べても、産業用ロボットを工場で活用する度合いが低いという。

ようやく英国も他の諸国に追いつきつつあるかもしれない、とイングランド銀行(英中央銀行、BOE)の当局者や産業界の専門家は指摘する。

「労働者が不足し、賃金が上昇する中で、企業はますます自動化に投資し、労働力を資本(設備)に置き換えるようになっている」と、BOEのウィル・ホルマン、ティム・パイク両氏は7月、同行の経済リサーチ専門ブログで記している。

同記事では特にブレグジットに言及していないが、移民労働者に高く依存するセクターにおける人員確保問題について触れている。

英統計当局は昨年、移民を巡る長期予測について、国民投票前の予想水準から下方修正した。またBOEはブレグジットに関連する労働力供給の減速により、潜在成長率が低下しつつあると述べている。

「エージェント」と呼ばれるBOEの地域担当者によれば、英国企業は、工場から食肉処理場、倉庫、スーパーマーケットでのセルフ精算レジ、ホテルの無人チェックインに至るまで、さまざまな場面でロボット化投資を進めている。エージェント30人は、年間9000社を訪問し、トレンドを探っている。

企業がこれまで以上に、生産拡大よりも労働集約的プロセスの自動化に向けた投資に力を注いでいることが、同調査で明らかになった。

数年に及ぶ失業率低下を受けて、英国が自動化において他国を追い上げる動きが出てくるのではないかとの予測があった。しかし、ブレグジットによって企業投資全般が低迷するとエコノミストが予想する中で、こうした動きが出ていることは注目に値する。

<増大するロボット輸入>

こうしたトレンドは指標にも現れつつある。

税関のデータによれば、プログラム変更によって新たな業務に対応でき、3次元移動が可能なアームを持つ多目的産業用ロボットの輸入が増大している。7月までの1年に輸入された同ロボットは、過去最高の8320万ポンドに達し、前年比で72%増加した。

フランクフルトに本部を置くIFRが英国は自動化に遅れをとっていると指摘する場合、念頭にあるのはこの種のロボットだ。

IFRによれば、英国における工場労働者1万人当たりの多目的産業用ロボット台数は2016年時点で71台にすぎず、フランスの132台、ドイツの309台、そして世界首位の韓国における631台を大きく下回っている。

これは、1つには英国における自動車セクターの規模の小ささを反映している。ロボット活用度が特に高いのは自動車メーカーだからだ。だが、同セクターを除いても、英製造業は他国に遅れをとっている。

重要な要因は、歴史的に英国の人件費が欧州諸国に比べて低いことだとBOEは指摘。英失業率は現在43年ぶりの低水準にある。

「しかし、相対的な人件費の差が縮まり始めたことで、一部の訪問先企業は、海外と同様のテクノロジーを英国に導入することを積極的に検討している」とBOEの調査は指摘する。

EUからの移民流入が大幅に減速していることで、「農業、製造業、サービス業におけるスキル不足が悪化している」とエージェントが9月に開催された金融政策委員会向けに作成した報告書で述べている。

「国民投票後、かつては存在した低コスト、低スキルの余剰労働力が確かに見当たらなくなった」。バーミンガム北方にあるチェスリン・ヘイでPPコントロール&オートメーションの最高経営責任者(CEO)を勤めるトニー・ハーグ氏は語る。

ロボットや自動化システム向けのコントロールパネル設計事業は好調だと同氏は言う。「この市場はまさに活気づいている。関連企業はどこも手一杯の状態だ」

<雇用に悪影響はあるか>

BOEのカーニー総裁総裁は先月、人工知能(AI)とロボットを含む自動化によって、長期的には、英国における雇用のうち10人に1人がリスクにさらされると語った。英中銀のチーフエコノミスト、アンディ・ホールデン氏は10日、英国の自動化が米国水準に追いつけば、賃金成長率は0.4ポイント低下すると示唆する調査結果を引用した。

もっとも、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスのガイ・マイケルズ准教授が実施した17カ国を対象とした調査では、自動化の進展が、大幅な工場の雇用削減につながる様子は見られないという。

その理由の一端は、業務がロボットに置き換えられた後も、再訓練によって労働者の雇用が維持されることにある。これは、米国、フランス、ドイツに比べて2割以上も低いとされる英国の生産性が自動化で改善される可能性があるとの主張を裏付けるものだ。

「全体として、ロボット導入がその産業の雇用全般に特に大きな影響を与えている様子は見当たらない」とマイケルズ准教授は言う。

自動化が最も大きな脅威になるのは、英労働者の中でも給与水準の低い層だ。この層ではスキル向上が難しい傾向が見られ、最低賃金が平均賃金以上のペースで上昇しているために、労働者1人当たりのコストが最も急速に上昇している層だからである。

ミュラー・プレシジョンのカニンガム氏は、同社では基本的な工場労働に対して平均賃金よりも約1ポンド高い時給を払っていると言う。

「可能な限り、他社との差異を維持したい」とカニンガム氏。

鶏肉加工業のアバラフーズは、米国の巨大農産食品企業カーギル[CARG.UL]と英国企業の合弁事業だ。同社では、長年進めてきた自動化による従業員の減少はないものの、訓練と、より高いスキルを持つ労働者の採用へと焦点が移ってきているという。

レディッチから北西に64キロ離れたテルフォードにあるアバラフーズの工場で操業担当のディレクターを務めるフィリップ・デビッドソン氏によれば、同工場では7年前に比べ、1000人の従業員数は変わらないものの、処理可能な鶏肉量は2倍に増えたという。

「現在のシステムでは、1時間に2万1000羽を処理できる」とデビッドソン氏。「人間の手ではこうはいかない、不可能だ」

アバラフーズでは今年初めて、食品科学の学位取得につながる研修プログラムに参加する実習生を採用した、と同氏は語る。

同工場では生産性が高いため、従業員の給与は業界でも上位4分の1の水準に入っているとデビッドソン氏は言う。

英国人労働者を探すことは以前から困難だったが、今では欧州大陸からの労働者も稀少になっているという点で、デビッドソン、ハーグ、カニンガム3氏の意見は一致している。「ブレグジットが影響を与えたのは明らかだ」とデビッドソン氏は語った。

(翻訳:エァクレーレン)

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