コラム

グーグルのモトローラ買収で振り出しに戻った不毛な特許戦争

2011年08月19日(金)16時03分

 グーグルが、モトローラ・モビリティーを買収。

 この大ニュースは、グーグルがスマートフォンのハードウェア・ビジネスに本格進出するのではないかとか、グーグルがオープンソフトとして提供するモバイル用OSの アンドロイドを、自社製ハードウェアに搭載して有利に使うつもりではないか、といった憶測を呼んでいる。

 だが実際のところ、この買収の背景にあるのは、現在世界で繰り広げられているパテント(特許)戦争である。ここ数年、モバイル端末やスマートフォンの領域でたびたび訴訟が起こされてきたが、今やそれが、競合を抑え市場を制覇するための道具としてパテントを利用する本格特許戦争に発展したことが、今回の買収ではっきりした。

 パテント戦争は昨年あたりから目立って過熱化していた。パテント侵害で訴える企業、訴えられる企業、その侵害の内容はさまざまだが、大きく言えば「アンドロイド」とiPhone、ウインドウズ携帯など「その他」が対峙する構図だ。

 アンドロイドOSを搭載したスマートフォンは、現在破竹の勢いでユーザー数を伸ばしている。世界のスマートフォン市場のシェアで見れば、アンドロイド携帯は48%を占めて第1位で、2位iPhoneの19%を大きく引き離している。3位以下にノキア、RIM(ブラックベリーのメーカー)、マイクロソフトなどが続く。グーグルの発表によれば、アンドロイド端末の新規契約は毎日55万台にのぼるという。

 当然のことながら、競合会社はこの勢いをおもしろく思っていない。アップル、マイクロソフトなどは、アンドロイド陣営に対してiPhoneやウィンドウズ携帯に関するパテントを侵害したと訴えてきた。

 ドイツの裁判所は先ごろ、サムソン電子のタブレット「ギャラクシータブ」に販売差し止めの仮処分を下したが、これもアップルが「ギャラクシータブはiPadのコピーだ」として世界各地で起こしている訴訟の一環だ。

 また、サムソンと同じくアンドロイドOS搭載のスマートフォンを開発する台湾のHTCは、機器が1台売れるごとにマイクロソフトに5ドルを支払っていることが、最近業界アナリストによって明らかにされた。パテント侵害 (マイクロソフトの企業向けエクスチェンジ・サーバーとの同期機能などと思われるが、その内容は明らかにされていない)で和解した結果、HTCがマイクロソフトにパテント使用のライセンス料を支払っているのだ。

 そのHTCは、iPhoneのパテント侵害でアップルに先頃敗訴したが、その後すぐアップルを別件で訴え返している。同社は昨年から数度にわたって訴訟の応戦を続けている。ノキアやモトローラも何らかのパテント侵害訴訟に関わっている状態で、業界は今や、パテント訴訟で泥沼化していると言っても過言ではない。

 そうした中、破産したカナダの通信会社ノーテルの6000件以上のパテントが売り出され、アップル、マイクロソフト、ソニー、RIMなど6社からなるコンソーシアムが、これを競り落とした。これが6月のこと。競りで負けたのはグーグルだ。

 コンソーシアム側が45億ドルという高額な価格でパテントを買い取った目的は、あれこれのパテント侵害をちらつかせることでアンドロイド陣営を取り囲み、その動きを鈍らせることだ。競りに負けたことで、一時はグーグルを中心とするアンドロイド陣営の今後が危ぶまれていたほどだ。

 だがその直後、グーグルはIBMのパテント1000件以上を買い取り、そして今回のモトローラ・モビリティー買収に出た。グーグルは、この買収によって約1万7000件の特許と約7000件の申請中特許を手にすることになる。モトローラは、古くから携帯電話で実績を積んできた企業で、その「パテント・ポートフォリオ(戦略的に有効な特許群)」はかなり強力なものと言われる。グーグルは、この買収で「アンドロイドのエコシステムが大きく強化される」と言い切っている。

 さて、ノーテルのパテント競売と今回のモトローラ・モビリティーの買収によって、「グーグル対その他」の競争は振り出しに戻った感もあるのだが、疑問なのがパテント自体のあり方である。

 どんな技術にパテントが与えられているのかはかなり不明瞭で、実質的には些末なものも含まれる。そうしたパテントを振り回して起こされる訴訟では、「パテント・バブル」の弊害ばかりが目立っている。問題は、産業における革新性を保護するはずのパテントが、足をひっぱる道具に使われているということだ。イノベーションを阻む現在のパテント制度は、創造性や技術革新を阻害する過度な著作権保護にも似ている。

 現在は企業間の争いに収まっているが、パテント戦争は、タブレットPCやスマートフォンの価格や使い勝手の不自由さといったかたちで、われわれ一般ユーザーにも波及しないとも限らない。もっと透明性の高いパテント制度の議論が必要だ。

プロフィール

瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリスト。シリコンバレー在住。テクノロジー、ビジネス、政治、文化、社会一般に関する記事を新聞、雑誌に幅広く寄稿する。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか? 世界一IQが高い町の「壁なし」思考習慣』、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』、訳書に『ソフトウェアの達人たち: 認知科学からのアプローチ(テリー・ウィノグラード編著)』などがある。

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